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古代ローマから現代を読む4-3(民主制と僭主制) [古代ローマから現代を読む]

いま、民主制についていろいろと勉強している。
路はなお遠く、ほんの緒に就いたばかりである。
まずギリシャから観ている。

古代ギリシャでの民主制の特色は
・ポリスの役職は1年交替のくじ引きで決めた。
・熟練を要する将軍は選挙で決めた。
・僭主の出現を防ぐために「陶片追放」制度がおかれた。

さて、この僭主ってなんだろう?wikipediaによると
僭主(せんしゅ、希: τυραννος、英: tyrant)とは、古代ギリシアで貴族制をとるポリスにおいて政治的影響力を増大させてきた平民の支持を背景に、貴族の合議制を抑えて独裁的権力を振るった政治指導者。僭帝、僭王とも。また、中世後期のイタリアなどで共和制国家のトップながら独裁制をしいた指導者などにも同じ訳語が与えられている。

ここでは、僭主の出現には「平民の支持」が必要であるということがうかがえる。
更にその背景には貴族と平民の対立が背景になければなるまい。
貴族と平民では、数で比べれば当然後者が多いに決まっている。
貴族と平民が対立し、多数者である平民の支持によって僭主が登場する。
その登場のプロセスはある意味で、民主的と言えないこともない。
しかし、その地位を確立したあと独裁的権力をふるうから「僭主」と呼ばれることになる。

ギリシャではこれを防ぐために陶片追放を導入した。
ローマでも王政を廃して共和制をとったときは1年ごとに選挙で選ばれる2名の執政官が治めた。
しかし、それでもマリウスやスッラのような独裁者が現れた。
Marius_Sulla.jpg
また、、アウグストゥスからは帝政に移行した。

民主制には本来的に内在する弱点があるのだと思う。
だから、僭主が現れたし、それは近代の民主制においても同じ事だろう。
そのところを更に深めていきたい。

古代ローマから現代を読む4-2(普天間移設と民主政治) [古代ローマから現代を読む]

普天間移設問題はますます混迷を深め…民主党政権は明確な方針を見いだすことができないでいる。
「いつまでに結論を得る」ということですらまとまらない。

岡田外務大臣は嘉手納統合などという、とっくの昔に没となった案を持ち出す。
http://mainichi.jp/area/okinawa/news/20091024rky00m010008000c.html
【東京】岡田克也外相は23日の記者会見で、米軍普天間飛行場の移設問題について「内閣の見解ではない」と前置きした上で、「(移設先探しの)時間をかけるほど普天間飛行場の危険性は持続する。県外移転は考えられない状況だ」と述べ、民主党がこれまで主張してきた県外、国外移転の方針を撤回し、県内移設を検討する考えを表明した。具体的には、嘉手納統合案を検討する考えを示した。 県内移設を推進することは県外、国外移設を目指すとしてきた民主党のこれまでの主張に反するだけでなく「沖縄県民の負担軽減の観点から在日米軍の在り方について見直しの方向で臨む」とした3党連立合意との整合性も問われそうだ。

沖縄県知事は困惑する。
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009102400142
 岡田克也外相が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先を県内で調整する考えを示したことについて、沖縄県の仲井真弘多知事は24日、那覇市内で「どういう理由で突然変化したのか。突然の感が非常に強い」と述べた。

社民党は反発する。
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20091024AT3S2400924102009.html
社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相は24日午前のTBS番組で、沖縄の米軍普天間基地移設問題について「沖縄の民意は、辺野古の沖につくらないでほしいということじゃないか。環境破壊でもあり問題だ。つくったら歴史に禍根を残す」と現行案に反対する考えを示した。同時に「少し時間がかかっても、きちんと態勢を整えて交渉すればいい」と語った。(11:16)

鳩山総理は自ら決めると言うが…腹が定まっていない。
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009102400334
 【フアヒン(タイ中部)時事】鳩山由紀夫首相は24日夜(日本時間同)、訪問先のタイのフアヒンで同行記者団に対し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について「皆さんの判断をうかがいながら最後はわたしが決める」と述べ、岡田克也外相、北沢俊美防衛相ら担当閣僚と協議した上で、自ら最終判断する考えを示した。
 首相は判断の時期について「選択肢を調査しているから当然それなりの時間はかかる」と強調。また、「オバマ米大統領が来るということで急がなければいけないとは思わない」と述べ、11月12日の大統領来日までに結論をまとめることには慎重な考えを重ねて示した。 

古代ローマから現代を読む4-1(民主政治と衆愚政治)での結論は
人々の多様な「自由」=「勝手」を調整して、人々が欲するものを与えながら、将来に備えて善きものを準備する事の出来る人こそが、真の政治家(=優れた能力を持つ人)なのではないだろうか。

優れた能力をもつ政治家は…「将来に備えて善きものを準備」するために…「知力。説得力。肉体上の耐久力。自己制御の力。持続する意志。」を総動員して人々を説得する。
この「優れた政治家が人々を説得する」事が「優れた民主主義」の本質なのだと思う。
ところが…このありさまはどうだろう…
完全に「人々が欲するもの」に翻弄されている。そして…「善きもの」が何なのかを見失っている。

このようなありさまを…キャロリン・レディはウォールストリートジャーナルへの寄稿でスキゾフレニア(統合失調症)とまで評している。
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http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704597704574486272405220200.html
Undoubtedly Seoul, Beijing and Pyongyang have taken note of Tokyo's increasing security-policy schizophrenia.

民主党が野党時代に何も政策を積み上げて来なかったということがよく判る。
「明日の内閣」が聞いてあきれる…

古代ローマから現代を読む4-1(民主政治と衆愚政治) [古代ローマから現代を読む]

女将が先日引用してくれた記事を題材に、様々な識者の論考も取り混ぜながら民主主義について考えようと試みたけれど、まだ充分に文献が調っていない。
とはいえあまりにも日時が徒過してしまうのも困るので、見切り発車する。
まずは、先の記事のうち、僕なりに重要だと思うところを強調してみた。
産経より
【日の蔭(かげ)りの中で】京都大学教授・佐伯啓思 民主主義進展と政治の低下2009.9.13 02:55
(前略)
 民主主義とは、確かに、民意によって動く政治である。しかし、民意というものが人々の顔に書いてあるわけではないから、政党政治のもとでは、政党が政策を示し、それを「民意」が判断する、という手続きになる。そこで、たとえば、二大政党がそれぞれ政策を提示して、人々に選択権を与えれば、民意が反映されたことになるだろう。かくて、マニフェストによる政策選択が同時に政権選択になる、という理屈がでてくる。
 この理屈に別に間違ったところはない。だが、ひとつ重要なことが隠されている。それは、「民意」は必ずしも「国」のことを考えるわけではない、ということだ。むろん、「民意」とは何か、というやっかいな問題があるが、今はそれは論じないことにしよう。民意とは、さしあたりは、多様な人々の意見や利益を集約したものだとしておこう。仮にそう定義しておいても、民意とは、まずは、人々の「私的」な関心事項の集まりなのである。
 そもそも、近代社会になって民主政治が支配的になった理由を考えてみよう。いうまでもなく、近代社会のもっとも重要な価値は「自由」にある。「自由」といえば崇高に聞こえるが、ありていにいえば、人々は自分のことにしか関心をもたず、勝手に利益を追求してもよい、ということであろう。こういう社会では、人々の多様な「自由」=「勝手」を調整するには民主政治しか手がない。
 だとすれば、「自由・勝手・気まま」から構成される「民意」が、はたして「国」の行く末を冷静に考察した結果だなどとするのはあまりに能天気に過ぎるだろう。人々が関心をもつものは、何よりも、自分の身の安全、安定した生活、利得を得る機会である。要するに、身の安全が確保されれば、後は、物価が安く、給料があがり、ちょっと小銭がかせげればそれでよい。確かに、ずいぶんと人をバカにした話に聞こえるが、実際、それこそが、近代社会の政治的了解だったのではなかろうか。近代国家の役割とは、何よりも、人々の生命の安全確保、生活の安定、社会秩序の維持にこそある、というのが政治学の教えるところなのである。この考えからすれば、「民意」が、国家の大計や国の行く末などという「大きな政治」に関心など持つ方が奇妙なことなのである。
 こうなると、二大政党はどうなるか。両党とも、少しでも「民意」の歓心を買おうとするだろう。税金は安い方がよい。さまざまな補助金や手当をつけるのがよい。福祉を手厚くするのがよい。人々の嫌がることはやらず、聞こえの良い公約が並ぶ。かくて、自民党から民主党、共産党にいたるまであらゆる政党が、人々の生活の安定と向上をもっとも重要な争点にする、という事態となったわけである。
 ここで、私はどうしても、最初に、「政治」という観念を、人間の社会的営みの最重要事とみなしたプラトンの意見をのぞいてみたくなる。よく知られているように、プラトンは民主政治に対して懐疑的であった。彼の主張は「哲人政治」といわれるもので、哲学者が政治を行う、あるいは、強力なアドバイザーとなる、というものであった。彼の理屈は簡単である。「政治(ポリティックス)」とは、人々が力を合わせて「善(よ)い国(ポリス)」を作るものである。ところが「善い国」がどのような国であるかを論じることができるのは、ほんのわずかな、りっぱな知識をもった「哲学者」でしかない。大衆は「哲学者」ではありえないのである。
 多くの政治家は、大衆の好みや気質を知っていることをもって「知識」だと思っているが、それは間違っている。人々が「必要としているもの」と「善いもの」は必ずしも一致しない。「人々がほしがっているもの」を与えるのが政治ではないのである。
 「人々がほしがっているものは何か」ではなく、「善い国はどうあるべきか」を政治の基準におく哲学者は、大衆からはもっとも嫌われる、とプラトンはいう。だから、民主政治と哲人政治は容易には相いれないのである。
 「民意を反映することこそが政治だ」とする民主主義者の理屈と、「善い国を作ることが政治だ」とするプラトンの理屈のどちらに言い分があるのであろうか。むろん、われわれは、民主主義の枠組みをはずすことはできない。だが、それが、下手をすれば「政治」というもののレベルをかなり引き下げてしまう、という危険を伴っていることは十分に知っておかねばならないのである。(さえき けいし)

一言で言うと、
1 「民意」とは、目先のことしか見ていない。
2 目先のことだけを考えると民主政治とは「人々がほしがっているもの」を与えるものになる。
3 他方、哲人政治は「善いもの」を与えるものである。
4 これらは容易には相容れない。


そして、塩野七生がよく用いる文章をここに引用しよう。
「指導者に求められる資質は、次の五つである。
知力。説得力。肉体上の耐久力。自己制御の力。持続する意志。
カエサルだけが、この全てを持っていた。

(イタリアの普通高校で使われている教科書より)

彼女はその著作『ローマから日本が見える』(集英社文庫)の巻末に「英雄たちの通信簿」という特別付録を付けている。
ギリシャ代表としてアレクサンダー大王とペリクレス
カルタゴ代表としてハンニバル
共和制ローマの代表として大スキピオ、グラックス兄弟、マリウス、スッラ、クラッスス、ポンペイウス、カエサル、キケロ、ブルータス、アントニウス、クレオパトラ、アグリッパ
帝政ローマの代表としてアウグストゥス、ティベリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロ、ヴェスパシアヌス、ティトゥス、ドミティアヌス、ネルヴァ、トライアヌス、ハドリアヌス、アントニウス・ピウス、マルクス・アウレリアヌス(五賢帝まで)
を列挙して、上記の五つの資質について採点をしている。
この中で、ギリシャのペリクレス※とローマのカエサルだけが五百点満点を受けている。
pericres_caesar.jpg
そのペリクレスに対する塩野の評価を端的にまとめると
1 都市国家アテネの黄金時代を一人で築き上げたと言ってもよい。
2 あの口さがない、しかも嫉妬深いアテネ人たちを相手に、民主制は守りながらも、アテネに必要だと自分が考えた政策を的確に実行していった。
3 民主制において三十年もの長期政権を保てた。
4 彼の時代に、アテネは絶頂に達した。
→移ろいやすい民衆の心を上手にコントロールするために知力の限りを尽くし、自分を制御し、更に自分のやりたいことを貫徹するという強い意思を持っていなければならない。そして三十年もの間激務をこなした。よって満点。

また、塩野は、『男たちの肖像』(文春文庫)で言う。
私などは考えてしまう。民主主義とは、優れた能力を持つ人々がその他多勢をリードする制度であり、衆愚政治とは、その他多数が自分たちの考えで行う制度であるのか、と。

そこでもう一度、冒頭の佐伯氏の文章を思い起こそう。
そして僕の考えを述べる。
佐伯氏が指摘した「人々の多様な「自由」=「勝手」を調整するためだけの民主政治」はともすると衆愚政治につながるのではないだろうか?
衆愚政治の罪とは、将来に善きものを残さず、害悪(借金や悪き風習)を残すことではないだろうか
そして、人々の多様な「自由」=「勝手」を調整して、人々が欲するものを与えながら、将来に備えて善きものを準備する事の出来る人こそが、真の政治家(=優れた能力を持つ人)なのではないだろうか。


※『プルタルコス英雄伝』のペリクレスは下に引用があった。
http://www.oct.zaq.ne.jp/poppo456/in/p_Pericles.htm

古代ローマから現代を読む4-0(前座) [古代ローマから現代を読む]

あっという間に5連休は終わった…
出張に次ぐ出張で、あまり休めず…やれやれ…
次回から取り扱う「民主主義」に関して現在進行中の問題にスポットを当ててみよう。

日経より
八ツ場ダム視察の前原国交相、中止を重ねて表明 地元は反発
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090923AT3K2300K23092009.html
 前原誠司国土交通相は23日、八ツ場ダム(群馬県)を視察し、事業中止の方針を重ねて表明した。地元自治体の首長は「建設中止をいったん白紙に戻してほしい」(大沢正明群馬県知事)などと反発、予定した住民との意見交換会も開けなかった。国交相は地元の理解を得るまで中止手続きを始めない方針で、八ツ場ダムの問題は長期化する公算が出てきた。 (17:24)

yanba01.jpg
確かに、今回の衆議院選挙に際して、民主党はマニフェストに記述している。
川辺川ダム、八ツ場ダムは中止。時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直す。

ところで、現在問題になっている八ツ場ダム建設の成否から直接かつ最も大きな影響を受ける人達の民意は問うているのだろうか?

長野原村が属する吾妻郡は群馬5区だ。
その結果を見てみると?
152708 小渕 優子 自民(公明推薦) 前
 53048 土屋 富久 社民 新
  9406 生方 秀幸 幸福実現 新

なぜ、民主党はこの選挙区に候補者を立てなかったのだろう?
それでいて、民主党が多数の議席を獲得したから「八ツ場ダムは中止」が民意を得られたと言えるのだろうか?

この辺もマニフェスト選挙の落とし穴なのかも知れない。

次回から、本格的にさなえ女将が紹介してくれた佐伯氏の論説や様々な識者の見解を採り上げて考えていきたい。

古代ローマから現代を読む3-3「国家戦略局」2 [古代ローマから現代を読む]

僕の立場を再度強調するならば
1 次の総選挙は、国家戦略を争う選挙であって欲しい。
2 国家戦略とは、国家の運営に関して長期的・全体的展望に立った政策や各種の施策である。

ところが…新政権が設置しようとしている「国家戦略局」は、上記のようなものからどんどん遠ざかっている観がある。
読売より
国家戦略局に注文続出、「神でない」と岡田氏
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090911-OYT1T01004.htm
 「鳩山政権」の発足を前に、新政権の目玉となる国家戦略局に関して民主党内から早くも様々な注文がついており、多難な船出を予感させている。
 国家戦略局は予算の骨格や外交方針を扱うとされているが、衆院選の政権公約(マニフェスト)では外交政策への関与が明記されていない。岡田幹事長は11日の記者会見で「何が(所管に)入る、入らないと、今決める必要はない」「すべてのことを神のごとく決定していくことはできない。まず取り組むべき予算などの進捗(しんちょく)状況を見ながら、どこまで手を広げていくかを考えていけばいい」などと述べた。岡田氏は外相就任が内定しており、外交分野では自身が主導権を取る意欲を示した発言ではないかとの受け止め方も出ている。
 一方、仙谷由人・元政調会長はTBSの番組収録で連立を組む社民党、国民新党との党首級の協議の場となる「基本政策閣僚委員会」に国家戦略相が加わることについて、「仕事が多くなりすぎる」と懸念を表明した。また、鳩山代表が幹事長となる小沢代表代行に国会対応を任せる方針であることに関し、「国会の人事や国会対策は党務というより政務だ。鳩山さんが主導権を持ってやると思っていた。(鳩山氏と小沢氏で)改めて仕分けをした方がいい」と再考を求めた。
(2009年9月11日21時42分 読売新聞)

本当の意味で「国家戦略」を立案しようというならば、所管の範囲などあるわけがない。
「長期的・全体的展望」に立つ「国家戦略」は当然ながら
1 時期的には充分先を見ている。
2 分野的には国家の全ての機能を包含する。

でなければならない。
フロー02.gif

ところが、
所管が取りざたされる、つまり縦割りの対象になっている。
更に、今年度の補正だの、来年度の概算要求だの、目先のことが主たる案件となっている。
これでは「国家戦略局」とは名ばかりのものだといわざるをえない。

これから設置される「国家戦略局」が
真の意味での国家戦略を扱うのか?
はたまたただの特定事項を扱う局となるのか?

ここで鳩山総理の力量が試されるのではないだろうか?

古代ローマから現代を読む3-2「国家戦略局」 [古代ローマから現代を読む]

僕の先の記事の締めくくりは
次の総選挙は、国家戦略を争う選挙であって欲しい。
だった。

現在の政局を見ると、「国家戦略局」という言葉がある。
こんな記事が目に入った…産経より
民主党が月内に補正組み替え 国家戦略局が初仕事
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090910/stt0909100113000-n1.htm
 民主党が鳩山新政権発足後、国家戦略局(室)の初仕事として平成21年度補正予算の見直しに着手する方針であることが9日、明らかになった。9月末をめどに執行停止事業のリストアップなど一部組み替えの内容を決定する。民主党幹部が明らかにした。国家戦略局は、政権発足後初の閣議で内閣官房組織令を改正し、国家戦略室としてスタートさせる。
 国家戦略室のとりまとめに沿って、第2次補正予算案を編成し、10月召集予定の臨時国会に提出し成立を図る構えだ。政治主導による予算のむだ遣い排除と財源捻出(ねんしゆつ)への素早い対応を示し、政権担当能力をアピールしたい考えだ。

で…補正予算が戦略だって?

そもそも戦略って何だ?
せんりゃく 0 【戦略】
〔strategy〕長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法。戦略の具体的遂行である戦術とは区別される。

Battleofissus333BC-mosaic.jpg
だとしたら…国家戦略とは…国家の運営に関して長期的・全体的展望に立った政策や各種の施策であろう。
そのような長期的・全体的展望に立った政策から発しているならば判る。
alexanders.jpg

しかし…取りかかりが補正予算の見直しか?

そもそも補正予算とはなにか?
財政法を見てみると…
第二十九条  内閣は、次に掲げる場合に限り、予算作成の手続に準じ、補正予算を作成し、これを国会に提出することができる。
一  法律上又は契約上国の義務に属する経費の不足を補うほか、予算作成後に生じた事由に基づき特に緊要となつた経費の支出(当該年度において国庫内の移換えにとどまるものを含む。)又は債務の負担を行なうため必要な予算の追加を行なう場合
二  予算作成後に生じた事由に基づいて、予算に追加以外の変更を加える場合

つまり…本予算成立後に生じた事情に対して手を打つためのものだ。
決して長期的・全体的展望に立ってするものではない。

そもそもが…
4年先までのマニフェストしか眼中にない人達がいう「国家戦略局」だからあまり期待はしていなかったけれど…案の定というべきか…
「国家戦局」とした方がいい…

古代ローマから現代を読む3「ディオクレティアヌスの4頭政」 [古代ローマから現代を読む]

新潮文庫『ローマ人の物語35最後の努力[上]』の扉を開くと、ユリウスカエサルの有名な言葉が引かれている。
「いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それがはじめられた当時にまで遡れば、善き意志から発していたのであった」

この本を読み進んでいくとその意味が判ってくる。

この本は主に皇帝ディオクレティアヌス(在位284-305)を取り上げている。
Diocletianus.jpg
この人が登場した時代は大変な時代であった。
なにしろ『最後の努力』の前の巻は『迷走する帝国』だ。
そこでは現役の皇帝がペルシャに捕らえられたりもした。
そのような帝国の最大の課題は安全保障だった。
即位したディオクレティアヌスは、帝国を東西に分けて、東方と西方を更に二分して正帝と副帝が治めるという四頭政(テトラルキア)を導入した。
そして、2人の正帝のうち、自らを「シニア皇帝」として首席に立った。
この体制のもとでディオクレティアヌスの治世にあっては平静な時期を送ることができた。
tetra.jpg

しかし…

その治世がもたらした副作用
・四区画の間で軍勢の流動が閉ざされ軍隊が肥大化した。
・4つの首都を支えるための官僚が増加した。
・必要な出費を支えるために増税に踏み切った。
・税収を確保するため職業選択の自由を制限した。


とまあ…次第に悪循環に陥っていく。
そして、「ローマらしさ」を象徴していたものが失われていった。」

・・・

ここから現代に生きる僕たちは何を学ぶべきだろうか?
僕はいまここで、軍事費や官僚制度といった目先のことをいうつもりはない。
僕の注目点は冒頭に引用したカエサルの言葉だ。


危機に対応するために採った手段は、その当面の危機をしのぐにはよかったかもしれない。
しかし、その手段は新たな問題を引き起こす。
その新たな問題に対応するために採った手段が更なる問題の原因となる。
そして目前の危機に次々に対応していくうちに、いつの間にかローマらしさを失っていった。

そのような悪循環を防ぐためにはどうしたらよいのだろうか?
目前の危機に対してそれをその場しのぎで対策するのみならず、望ましい将来の世界像を作っていくための国家戦略が必要なのではないだろうか?

そして現代の日本に目を転ずる。
四年の任期を範囲としたマニュフェストで戦った総選挙は終わった。
「当面の政策」は選挙で選ばれた。
しかし、更に将来の世界像とそれを実現する国家戦略は論じられていない。

次の総選挙は、国家戦略を争う選挙であって欲しい。

古代ローマから現代を読む2「塩野七生とは?」 [古代ローマから現代を読む]

まず、塩野七生とは如何なる人物かを見ていきたい。
カタログ的にはこうだ。
1937年7月、東京に生れる。学習院大学文学部哲学科卒業後、1963年から1968年にかけて、イタリアに遊びつつ学んだ。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の一千年を描く「ローマ人の物語」にとりくみ、一年に一作のペースで執筆。1993年、『ローマ人の物語I』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。 2001年、『塩野七生ルネサンス著作集』全7巻を刊行。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2006年、「ローマ人の物語」第XV 巻を刊行し、同シリーズ完結。2007年、文化功労者に選ばれる。

http://www.shinchosha.co.jp/topics/shiono/shiono.html

彼女は何故ローマにこれほどまでに挑んだのか?
その答えはその著作『ローマから日本が見える』のはしがきに見られる。
 学生の頃の私は、先生たちにとってはあまり嬉しくない学生であったに違いありません。
 なぜなら、先生たちが教えることをそのままでは信じない学生であったからで、「なぜか」と「どういう状態で」の2つが説明に入っていないと、授業が終わったあとで先生を追いかけていって、それらを質問する学生だったのです。多くの先生たちにとってはただ単にウルサイ学生に過ぎなかったと思います。
(中略)
 先生方に困った顔をさせてしまった私の質問の一つが、次のことでした。
 「古代のローマは古代のギリシャの模倣に過ぎなかったと教科書にはあるけれど、模倣だけで千年も続き、しかも大帝国として繁栄できるわけがないと思いますが?」
 教授からはこれに対し、英文の研究著作を二冊くらい紹介され、これを読んで自分で考えてごらんなんて言われちゃったけど、結局のところ、あれから半世紀も過ぎた今になってやっていることは、参考にする研究書が英文だけでなく、ラテン語やギリシャ語にまで及ぶようになったという違いを除けば、あの頃の気分からあまり変わっていないんですね。
(中略)
男友達に関してはやたらと心移りする私だったけれど、本当に私を魅了した事には、意外としつこく迫ったのだ、と。

そういう言い回しをする塩野の文章はとても魅力的だ。
彼女の人間観はどの著書をみても溢れるように読み取れる。
『人びとのかたち』(新潮社)のような映画評でもいい。
『サロメの乳母の話』(新潮社)のような歴史エッセイでもいい。
リアリストとロマンチストの見事な配合。

そういう人がローマに惚れて惚れて調べ上げてそして描ききったのが『ローマ人の物語』なのだ。

『ローマ人の物語』は全15巻のハードカバーだけど…前にも書いた理由で僕は文庫を求める。
bunko.jpg
文庫の解説の方が分冊しているだけあって丁寧だ。

今宵はここまで…

古代ローマから現代を読む [古代ローマから現代を読む]

本日本屋で塩野七生『ローマ人の物語 最後の努力』文庫版上中下巻を求めた。
僕は、塩野氏の作品は手元に持ちたい。
でもハードカバーを求めると、これは…大変に重い。
ただでさえ重い本が山積みになって…そのうち床の耐力を超えてしまうことが心配だ。
だから…せっかく完結した『ローマ人の物語』もようやくXIII巻を読むことができる。
まあ…読み始めたらあっという間に読み終わってしまうから…楽しみはゆっくりがいい。
shiono353637.jpg
僕は初めてこのシリーズを読んだとき、まだ若き頃の共和制ローマの作りが、現代のアメリカ合衆国と如何に類似点が多いかということに驚いた。

ローマの興亡史は現代の政治や外交に対してとても深い示唆を与えてくれる。
国の作り、宗教の取扱い、外国とのつき合いや駆け引き…
また…日本のような島国では想像もつかないような外敵との戦いの歴史…それを通じて作り上げられた価値観。
これらが現代にも多く妥当している。

恐らくこれが現代の日本人にとって外交や軍事の感覚と異なるところなのだと思う。
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