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琉球新報と沖縄タイムスは民主主義に寄与しているか? [核と平和と田母神氏]

ここへ来て、百田尚樹氏の発言が物議を醸している。

発端となった記事はこれだ。
------------引用開始------------
安保法案で報道批判続出 自民改憲派の勉強会

 安倍晋三首相に近い自民党の若手議員約40人が25日、憲法改正を推進する勉強会「文化芸術懇話会」の初会合を党本部で開いた。安全保障関連法案に対する国民の理解が広がらない現状を踏まえ、報道機関を批判する意見が噴出した。講師として招いた作家の百田尚樹氏に助言を求める場面も目立った。
 出席者によると、百田氏は集団的自衛権の行使容認に賛成の立場を表明した上で、政府の対応について「国民に対するアピールが下手だ。気持ちにいかに訴えるかが大事だ」と指摘した。
 出席議員からは、安保法案を批判する報道に関し「マスコミをこらしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」との声が上がった。
 沖縄県の地元紙が政府に批判的だとの意見が出たのに対し、百田氏は「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない。あってはいけないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ」と主張した。
 懇話会は木原稔青年局長が代表で、首相側近の加藤勝信官房副長官や萩生田光一・党総裁特別補佐も参加した。
 出席者の一連の発言について、自民党中堅は「自分たちの言動が国民からどのような目で見られるか理解していない。安保法案の審議にマイナスだ」と指摘。公明党幹部は「気に入らない報道を圧力でつぶそうとするのは情けない。言葉を尽くして理解を求めるのが基本だ」と苦言を呈した。
2015/06/26 00:03 【共同通信】
------------引用終了------------
与党議員と識者が、閉鎖空間でそういう話をしたということだ。 それをどうやって聞きつけたか知らないが、 だからどうした? というのが第1の僕の感想だ。

勿論人にはオフィシャルな立場での発言と
プライベートな立場での発言がある。
このうち、オフィシャルな立場でもオープンな場での発言と
クローズドの場での発言がある。
更に人には内心がある。
これらが完全に一致するわけがない。

今回の発言はオフィシャルな立場ながら、クローズドの場での発言だ。 それをあげつらうのはどうかとも思う。

次に中身を見てみよう。
「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない。」
ここだ。
ここでいわれているのは、琉球新報と沖縄タイムスであることは明らかだ。

言うまでもなく、報道機関は、我が国の民主主義が健全に機能するために必須の役割を果たす。すなわち、物事を正しく伝えることだ。
だから、一般論から言えば「新聞をつぶさないといけない」とは民主主義に対する重大な挑戦とも受け取れる。

しかし、琉球新報と沖縄タイムスは、県内の民主主義が健全に機能するための役割を果たしてきただろうか? 特に米軍をめぐる報道は、物事を正しく伝えてきたのだろうか?


いくつか事例を見てみよう。
東日本大震災が発生して一週間が経過しようとしている3月18日に、琉球新報は以下のような記事を載せた。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-174892-storytopic-11.html
------------引用開始------------
米軍の災害支援 それでも普天間はいらない2011年3月18日 9:31

 効果的な人道支援を行うのに、国境や官民、軍の立場の違いなど言っている場合ではない。しかし、ここぞとばかりに軍の貢献を宣伝するとは、どういう神経なのか。
 東日本大震災への米軍の災害支援に絡めて、在日米軍が普天間飛行場の「地理的優位性」や在沖海兵隊の存在意義などをアピールしている。強い違和感を覚える。
 在沖米総領事館は、沖縄から基地従業員を含む海兵隊所属の約480人や普天間、嘉手納両基地所属ヘリ、第31海兵遠征部隊の兵員2200人が災害支援で被災地へ向け派遣されたと発表した。
 未曽有の大震災に伴う死者や行方不明者の捜索、被災者救援は急務だ。原発事故に伴う放射能への被ばくリスクがある地域で救援に取り組む人々には敬意を払いたい。
 しかし、災害支援は売名行為ではない。人道上の見地から本来、見返りを期待しない、崇高な精神でなされるべきものだろう。
 在沖米海兵隊は「普天間基地の位置が、第3海兵遠征軍の災害活動に極めて重要であることが証明された」「普天間基地が本土に近いことは極めて重要」と普天間飛行場の地理的優位性を強調する。
 悲しみに打ちひしがれる死者・行方不明者の家族や被災者への配慮はないのか。そもそも近傍の基地ではなく、被災地から遠く離れた普天間基地がなぜ重要なのか。地震発生から3日経ての出動なのに「即応」でもあるまい。
 米軍の説明は、独り善がりで筋が通らない。政治的打算に基づく言動は、県民、国民の米外交に対する信頼回復にとって、かえってマイナスだろう。
 「沖縄はごまかしとゆすりの名人」などと差別発言をして更迭された米国務省のケビン・メア前日本部長を東日本大震災の日米間の調整担当に充てたのも不可解だ。
 メア氏は発言発覚後も学生が作成した発言録について「正確でも完全でもない」と非を認めず、今もって県民に謝罪をしていない。
 日本の「和」の文化を「ゆすり」と同一視する差別発言をしながらこれも撤回せず、災害支援で復権を目指すつもりか。発言の撤回も反省もない人種差別主義者の復権など願い下げだ。
 はっきりさせよう。米軍がどのようなレトリックを使おうとも、県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設は沖縄にいらない。
------------引用終了------------
3月18日朝、これはどのような時点だろうか?
この日の14時過ぎに震災発生から丸一週間を迎えようとしている日の朝だ。
すなわち、被災地の現場では、生存する被災者を1人でも多く救助しようとする最後の戦いがくり広げられているときだ。
その時に琉球新報は、我が国の被災者に手をさしのべようとする米軍に唾を吐きかけるかのような記事を載せたのだ。
その視点は、「普天間はいらない」という、自分たちの都合を前面に打ち出している。 これが、健全な民主主義に寄与する報道機関のあり方だろうか?



もう一つの事例を示そう。
翁長知事は常々「沖縄は自ら基地を提供したことは一度もない。」と強弁している。
以下の記事でもそれは紹介されている。
翁長知事あいさつ(全文) 5・17県民大会2015年5月17日 21:19
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-243054-storytopic-271.html

勿論、琉球新報も沖縄タイムスもその強弁をそのまま伝えはするが、それが実は虚偽であることを伝えない。

佛教大学社会学部論集 第56号(2013年3月)に
『軍用地料の「分収金制度」(2)──入会地と戦後軍用地』という論文が載っている。
http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/SO/0056/SO00560L093.pdf
そこには、キャンプシュワブとキャンプハンセンは、地元住民が主体となって基地を誘致したという事実が述べられている。
------------引用開始------------
基地“誘致”の背景
基地誘致に関して言及のある3種類の文献がある。一つはテレビ取材班によるレポ(NHK取材班「基地はなぜ沖縄に集中しているか」NHK出版,2011年),二つは金武村自らが編集したもの(金武町企画開発課「金武村と基地」1991年),そして三つはやや異色の著者によるもの(恵隆之介「誰も書かなかった沖縄」PHP研究所,2000年,同「誰も語れなかった沖縄の真実」ワック株式会社,2011年.ここでは2000年本による)である。基地を誘致したという事実をそれぞれジャーナリスト,自治体当事者,元自衛官の著作家という立場で語るのであるが,どこにその視点を定めるかによって語り口は当然異なってくる。事実経過だけを記すと以下のようである。
久志村辺野古では1956年以降,村長が村議会全員の署名を集めて当時の民政長官(陸軍中将)に「村おこし」のために誘致を陳情するという「誘致運動」があった。しかし,軍用地料の支払いをめぐる「島ぐるみ闘争」が行われていたことがあって米民政府は即答を避けたが,再三にわたる陳情によって応諾,海兵隊が訓練場増設の必要からこの誘致に応じ,地主の80%以上が自ら進んで米軍と契約した。
1959年10月基地が完成すると村では祭りが催され,村長は「第二のコザ市をめざす」と発言し村民から喝采を浴びた。金武村でも同様で,地元住民が兵舎を含む恒久施設の誘致を積極的に行っていた。米軍基地を誘致すれば雇用が生まれ,基地から余剰の電力や水道の供給も受けられ,あるいは急病人の発生の際には米軍診療所で治療がうけられるといったメリットが語られたという。
この経過記述はかなり具体的であるが,NHK記者による取材と90歳に近い古老からの聞き書きとは大いに異なる。その古老は1955年当時30代半ばであるから,必ずしもこの経緯の当事者とも思えない想い出話となるが,海兵隊の移駐に辺野古住民はもともと反対であったという。この第二期の軍用地接収の候補地として米軍は辺野古を挙げていたのだという。NHK取材班によると辺野古への接収通告が宜野湾村伊佐浜の接収の直後にあったというのだ。
そこで住民代表たちが会合を重ねた結果,折衝委員を選出し条件を付して受入れ折衝に臨んだ方がよいということになったとある。海兵隊基地の建設工事は1957年3月に始まり辺野古は「新たな歩みを始める。」総工費200万ドルの事業規模によって「空前の活況」を呈するのである。建設労働には地元民の優先雇用とともに全島から職を求めて押し寄せる労働者,工事を当て込んだ商人が土地や貸家を求める問い合わせ,空き地が無いほどバーや料亭がひしめき,当時の人口500人,平地の少ない辺野古,農耕は限られ,入会地である山に入って木を切り出して現金収入を得るほど貧しい農村が「一大特飲街」と化して,山依存経済から基地依存経済へと移行,工事着工から5年で辺野古の人口は4倍に膨れ上がった。
こうして基地と共存することを選んだ辺野古は,基地居住民すなわち海兵隊員そのものを辺野古の一部つまり住民として処遇し,毎年恒例の催事にその構成員として参加を求めるという。そうした基地との交流には住民代表とキャンプ・シュワブの大隊司令官が加わる「親善委員会」が任に当たりスポーツ大会や年中行事,また輸血提供など「おしみない協力をして地域に溶け込んだ親睦活動」によって「相互の利益を守り尊重する委員会として今日に至り継承されている。」また軍用地の賃貸契約には水道の整備を求めるという条件を付けていたためそれは米民政府の援助によって行われ,街の水需要が増してくると米軍管理下の辺野古ダムから給水が行われるようにもなったという。
こうした基地誘致による地域の発展を見て,辺野古以外の住民による地区への視察が相次ぎ,「その活況ぶりを目の当たりに」して海兵隊の誘致に動き出した地域の一つのが金武村であった。
金武村関係者による1991年編集の冊子本には,活況を呈する辺野古に金武村と宜野座村から村会議員などの有志たちが視察に出かけたとある。金武村はすでに米軍が沖縄占領時から接収して実弾射撃訓練地であったが,海兵隊移駐に向けた兵舎などの施設が必要であったから金武村からの誘致は渡りに船であったかもしれない。
「金武には弾は落ちるが,ドルは落ちない」「演習は金武でやり,遊興は辺野古とコザ市」といった思いが最終的に基地の誘致という「苦渋にみちた選択」に至らせた。こうして金武と宜野座と跨ったキャンプ・ハンセンの基地建設が始まり,「島ぐるみ闘争」が終結へと向かったのであったが,この編集本の基地誘致に至る件りの経過説明の部分は当事者でありながらやや疎にして簡である。誘致に至る衆議がよほど複雑であったのかもしれない。因みに,これは入手することができなかったが,辺野古においても『ひぬく誌』という辺野古区編纂委員会による編集本が1998年に刊行されている。基地の所在する地方自治体が自ら誘致経過に関する本を編集する理由は何であろうか,沖縄社会における90年代の基地問題と何らかの関連があるのだろうか。
沖縄においては,軍とそれを受け容れる地域社会host communityとはもとより対等な関係にはない。米軍による接収に対して選択の余地はないが,こちらから差し出すという基地誘致の選択には,そうしても損ではないという計算が働いていたと思われる。
(つまりそれだけ貧しく,現金収入という魅力があったかもしれない)すなわち,基地をめぐる新興ビジネスへの期待ばかりではなく,辺野古,金武村,宜野座村においてはいずれも沖縄中部の各村のような個人所有の土地つまり私有地はほとんどなく,村有地などの共有地であるため基地を誘致するための合意形成が容易であったと見ることができるからである。
------------引用終了------------

繰り返しになるが、翁長知事が繰り返し強弁する「沖縄は自ら基地を提供したことは一度もない。」はまったくの嘘であることがわかる。
にもかかわらず、琉球新報も沖縄タイムスも、その嘘を追認しているわけだ。
それらを見ただけでも、琉球新報も沖縄タイムスも、健全な民主主義に寄与していないということがよく判る。

今の憲法と安全保障 [核と平和と田母神氏]

承前

日本国憲法が、大いなる幻想に依拠しているならば、改正するのが妥当だと思う。

一方、大いなる幻想であることが明らかとなった朝鮮戦争勃発の時点(1950年)での我が国の事情がそれを許したかと言えば「否」だ。
なにしろ、戦後まだ5年で、経済力もなければ社会のインフラも破壊しつくされていたのだから、

だから、
経済再建を優先した、「吉田ドクトリン」が、当時は妥当だったとおもう。

その代償として、日本国憲法は、大いなる幻想に依拠したままでここまで来てしまったのだと考える。

そのなかで、歴代の政治家たちは、幻想に依拠する憲法と、国際社会の現実の狭間で、我が国の安全を全うするために苦悶して来られた。

今では、安保体制や自衛隊を支持する世論が圧倒的だが、砂川判決の前までは、わが国が自衛権を有しているかどうかさえ大論争だった。

60年安保改訂は、この度以上の反対運動を引き起こし、安倍総理のお祖父さまに当たる岸総理はその成立に政治生命を犠牲にした。

安陪総理もそのくらいの覚悟をお持ちなのだと思う。

私は、この度の法案や昨年の閣議決定を一言一句まで読んだが、大変よく練られていると思う。
今は、野党の針小棒大宣伝と歪曲報道にさらされて国民世論は反対が優勢だが、後世の評価に十分耐えられるものだと思う。

憲法学者の多数決? [核と平和と田母神氏]

いやー!
随分このブログもご無沙汰をしてしまった…
仙台から関東へ…関東から九州へ…
流転の中で、物事を考える暇がなかった(^-^;)

さて、国会はこの度長期延長を決め、平和安全法制の論議が熱を帯びてきた。
ここへ来て、憲法学者の支持・不支持も一つの論点になっているように見える。

そもそも
このような論議が起こるのは、
憲法学者さまたちの多くが、大いなる幻想から離れることができないことに起因していると思う。

すなわち
「平和を愛する諸国民の公正と信義」という幻想だ。

このような「平和を愛する諸国民の公正と信義」というものが実在しない幻想であったということは、朝鮮戦争勃発の時点で明らかになっていた。
国境を越えて南進してきた北朝鮮軍は、その理由を「大韓民国側からの先制攻撃があった」と声明した。
それがまったくの虚偽であることは現代の常識である。
つまり、国家間の紛争は、虚偽の理由でなんとでもはじめられるということだ。

そして、冷戦間に起こったこと、
例えば、ベルリン封鎖、チェコ事件、ハンガリー動乱、キューバ危機、アフガン侵攻その他もろもろ、これら全ては、「平和を愛する諸国民の公正と信義」では説明がつかない。
ブレジネフに至っては、「主権平等」に真っ向から反する「主権制限論」まで持ち出した。

更に、冷戦終結後に生じた新たな紛争も、同様だ。
未だに、この地上における「公正と信義」は、「武力」の裏付けなしには存在し得ないのである。

しかし、多くの憲法学者さまたちも政治家さまたちも
そこを乗り越えられず
「平和を愛する諸国民の公正と信義」という幻想に、しがみついたままで今日まで来てしまった。

それは、すなわち、大いなる幻想に依拠する第九条の字面にしがみついていることを意味する。
そのため学説と現実が天地の如く乖離してしまった

そのような多くの憲法学者さまたちのありさまは、
まさに「天動説」そのものである。

僕から見れば、安倍政権こそ「ガリレオ政権」だと思う。

平和安全法制は、我が国に侵略しようとする独裁国家の意思を思いとどまらせる効果がある。
僕はそこを支持する。

航空自衛隊松島基地祭 [核と平和と田母神氏]

8月の番組は多くが戦争の悲惨さを描く。
ありとあらゆる方法を駆使して悲惨なる部分を強調する。
それも自らの意志というよりも運命に翻弄されるが如き兵士にとっては一層悲惨である。
戦争が悲惨なことはわかる。

それでもこの世から戦争はなくならない。
何故だろう?

1 国際社会には執行力のある共通普遍の法規範がない。
  「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」(ルドルフ・フォン・イェーリング「権利のための闘争」より)という。
  国際司法裁判所は付託された事件を審判できるが執行力がない。(時に剣なき秤となる)
  安全保障理事会は強制力ある議決をできるが理事国の利害に支配される(時に秤なき剣となる)
2 話し合いで解決できない問題がある。
  領土問題、民族問題、宗教問題はその代表的なもの。
  近代になっては資源問題がクローズアップされている。
3 人の命よりも大切な価値がある。
  神との契約、国家の主権、人民の尊厳、民族自決などはその代表的なもの。
  更に近年は、自由民主主義だとか大量破壊兵器の不拡散などの価値も加わってきている。
  
その結果、領土紛争・民族紛争などの武力紛争から、時には「安保理のお墨付き」の戦争までが起きる。
我が国が平和憲法を掲げているからといってそのような戦争や紛争から無関係でいられる訳ではない。

そうすると、我が国が他国を攻撃することはないとしても、防衛するための力がいる。
我が国の主権・自由・民主主義を侵略者から守らねばならない。

などと思いながら松島の基地祭を見てきた。

仙石線釜石行き快速で矢本駅に立つ。
そして人々が歩く方向に向かう。
10時を過ぎると既に飛行機が次々と上空を飛行している。
この基地祭のために臨時列車運行され、例年8万人が訪れるといわれている。
稲穂の揃った田の向こうには観光バスの列が見える。
matsushima00.jpg
場内は多くの人が入っているが、多くの人達は格納庫など日陰で眺めているので、日なたのエプロンはそれほど混雑していない。
それにしても、日陰という日陰は人がビッシリだった。

エプロンには各種の飛行機が展示されている。
F-2
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F-15
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U-125
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特別塗装は宮城県出身の石ノ森正太郎にちなんでサイボーグ009である。
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F-2による展示飛行
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救難隊による救難展示
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そしてお待ちかねのブルーインパルスである。
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これが終わると一気に駅に駆け戻り、混雑する前に帰ってきた。
随分日に焼けてしまった。

65回目の終戦の日にあたり各紙の社説を読む [核と平和と田母神氏]

今年も8月15日がやってきた。
正午の時報とともに三百万余柱の御霊に黙祷を捧げ、陛下のお言葉を拝聴した。

各紙は終戦の日を迎えそれぞれの視点から社説を掲げた。
それぞれの視点から教訓や現代の課題を捉え、提言をしている。

非常に限られた紙面だから、広く深くは論ずることができないので、おのずと論点が絞られてくる。

読売は戦争末期に起きた悲劇が必ずしも日本ばかりの責任ではない事を述べた後、日本としても誤りを率直に認め反省すべきとしている。
まずは、「何が、何故、どうなって」ということをしっかりと検証する必要があると思う。
これを本当に客観的に検証しようとすると、欧米との関係においては大恐慌あたり、中国との関係においては北清事変あたりまで遡ることになるのかも知れない。
終戦の日 平和な未来を築く思い新たに
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100814-OYT1T00829.htm
今年も8月15日を迎えた。戦没者を追悼し平和への誓いを新たにする日である。

 第2次世界大戦が終わってから65年。国連を中心に核軍縮や紛争調停の努力が続けられているが、戦争や地域紛争は絶えることがなく、平和への道筋はなかなか見えてこない。

 終戦と言えば、8月15日を区切りに平和な日々が始まったというイメージが定着している。
 しかし、8月9日に日ソ中立条約を破って満州(現中国東北部)に侵攻を始めたソ連軍は、15日以降も進撃を続けた。
(中略)
終戦の夏のもう一つの悲劇は、広島、長崎への原爆投下だ。(中略)
米国では、「原爆投下で本土上陸作戦が回避されたことにより、多数の米国人の生命が救われた」とする主張が根強い。
 しかし、原爆という残虐な兵器の使用によって、20万人を超える広島、長崎の市民の生命が奪われた事実の重みは消えない。

 一方で、日本も過去の誤りを率直に認め反省しなければ国際社会からの信頼は得られない。
 日本は世界の情勢を見誤り、国際社会からの孤立を深めていく中で無謀な戦争を始めた。中国はじめ東アジアの人々にも多大の惨害をもたらした。
(中略)
 1945年の終戦の夏を顧みることは、国際協調の道を歩むことを誓った戦後日本の原点を問い直してみることでもあろう。 「終戦の日」は、過去の歴史を踏まえつつ、国際協調の下、世界平和のため積極的に行動する決意を新たにする日にしたい。


産経は安全保障の観点から現代の安全保障の課題に論点をあてている。
そして、310万の御霊の思いと現代日本の現状を見ている。
日本の置かれた安全保障環境の中で、日米同盟を前提としながらも、自己解決能力を持つべきことを提言している。
御霊の思いを無駄にしないため、世界とともに繁栄する日本を作り上げていかなければならないと思う。
他方で、失敗の教訓を「敗色濃い戦局をひた隠しにし、破滅的な結末を招来した戦争指導部の責任」に収れんしてしまうのはどうだろうか…多くの要素の一つとして掲げるならばともかく…
【主張】終戦から65年 「壊れゆく国」正す覚悟を
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100815/edc1008150404001-n1.htm
・慰霊の日に国難の打開を思う

 65回目となる終戦の日を迎えた。先の戦争の尊い犠牲者を追悼するとともに日本の国のあり方に改めて思いを致したい。
 眼前には夥(おびただ)しいモラル破綻(はたん)と政治の劣化などに象徴される荒涼たる光景が広がる。こんな国のままでよいのか。どこに問題の本質があるのか。「壊れゆく国」を早急に正し、よりよき国として次の世代に引き継ぐ重い責務がある。
 現在の日本の平和と繁栄の礎になっているのは、あの戦争で倒れた軍人・軍属と民間人合計約310万人だ。だが、死地に赴いた英霊たちの思いを今の日本人は汲(く)み取っているのだろうか。 どういう国を作ったか
 7月に刊行された「国民の遺書」(産経新聞出版)は、靖国神社の社頭に掲示された遺稿を紹介している。昭和20年5月、九州南方にて23歳で戦死した長原正明海軍大尉は「どうか国民一致して頑張って頂(いただ)きたいものです。特攻隊員の死を無駄にさせたくないものです」と綴(つづ)った。
(中略)
 「あの世に行ったとき、特攻隊員の先輩たちにこう聞かれると思っています。『おまえはどういう国をつくったのか』と。私はそのとき、きちんと答えることができるようにしたい」。生前、柔和な表情でこう語ってくれたのは、今年5月、82歳で鬼籍に入った阪急電鉄社長や宝塚歌劇団理事長などを歴任した小林公平さんだ。昭和18年12月に海軍兵学校に入り、終戦を最高学年で迎えた。
 特攻隊を志願した先輩たちは小林さんらに日本を託したのだった。こうした踏ん張りが世界第二の経済大国に結実した。

 だが、その中ですっぽり抜け落ちたのが、国家のありようだ。米国に寄りかかったことは、日本の復興を促したが、一方で独立自存(じそん)の精神を希薄にしてしまった。

 忘れられたことはまだある。敗色濃い戦局をひた隠しにし、破滅的な結末を招来した戦争指導部の責任だ。自国による検証を行わず、責任をうやむやにした。失敗からの教訓を学んでいない。

 今、日本の安全保障環境に警報ベルが鳴り響いている。台頭する中国に対し、米国のパワーの陰りが随所にみられるからだ。

 しかも米軍普天間飛行場移設問題の迷走が示すように、日米同盟を空洞化させているのは日本自身なのだ。その結果、生じつつある日本周辺での力の空白を埋めるため、力の行使も辞さない勢力が覇を唱えようとしている。

・立ちゆかぬ「米国任せ」
 これまでのような「米国任せ」による思考停止では、もはや日本は立ち行かない。欠落しているのは国を導く透徹した戦略観だ。 国家戦略のなさ、外交センスの貧弱さ、情報分析能力の欠如-その危うさは今と似ている。

 揺れも大きい。戦前・戦中の軍事力偏重は戦後、完全否定となった。絶対的な無防備平和主義は、自己中心主義を育てたといえなくはない。

 やはり自分たちの問題は自らで解決する基本に立ち戻ることが求められている。自力で守れないときは同盟国とのスクラムを強める。弱さは必ずつけ込まれる。
 思いだしたいのは、昭和天皇が昭和20年8月14日の御前会議で述べられたことだ。迫水(さこみず)久常・元内閣書記官長の「終戦の真相」(平成15年9月号「正論」)がこう伝えている。「日本の再建は難しいことであり、時間も長くかかることであろうが、それには国民が皆一つの家の者の心持(こころもち)になって努力すれば必ず出来(でき)るであろう。自分も国民と共(とも)に努力する」
 いまの国難を打開するには、国民が総力を挙げて、これに立ち向かい、乗り越えようとする覚悟と気概を持つ以外にない。


毎日は「国際感覚の欠如と情報不足」を当時の教訓としている。しかし…それが起こった背景には当時のメディアは関与していなかったのだろうか?
また…「平和を創る」の意義をしっかりと定義していないから、先の大戦時の終戦工作から国連平和維持活動までがチャンポンになっている感がある。
それにしても、毎日が国連平和維持活動への積極参加を主張するのはいつ頃からだっただろうか…
社説:戦後65年・終戦の日 歴史見すえ平和創ろう
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100815k0000m070093000c.html
 戦後65回目の終戦記念日である。あのころに思いをはせながら、平和を創(つく)るということを考えてみよう。  1945年はどんな夏を迎えていたのだろうか。  3月の東京大空襲、4月から6月にかけての沖縄の壮絶な地上戦と敗色は濃くなる一方だった。米軍の上陸に備え「本土決戦」「一億総特攻」が叫ばれたが、人々は食糧不足にあえぎ、空襲におびえていた。そして8月に2発の原爆が投下される。今からは想像もつかない、まさに「日本のいちばん長い夏」だった。  ◇国際感覚も情報も欠如  この題の映画(倉内均監督)が先日、NHK-BSハイビジョンで放送された。63年に元軍人、政治家、作家ら28人が終戦を振り返った座談会の再現だ。「文芸春秋」編集者だった半藤一利氏が企画し司会した。「日本はいかにして降伏できたか」という、いわば平和を創るぎりぎりのプロセスが語られていた。映画は各地の劇場でも公開されている。  座談会の冒頭、終戦時の内閣書記官長、迫水久常氏が「(7月26日の)ポツダム宣言は寝耳に水だった。もっぱらソ連を仲介とする和平工作に目を向けていた」と発言したのが印象的だった。  連合国側の動きを見抜けず、こともあろうに対日参戦を着々準備していたソ連に助けを求めていたのだ。ポツダム宣言受諾を巡って結論が出せないまま何日もすぎた。本土決戦を叫ぶ陸軍のクーデターの動きが政府関係者を脅かしていた。8月10日未明、昭和天皇の「聖断」で降伏が決まり15日の玉音放送に至る。  国際感覚の欠如と情報不足は耳を疑うほどだ。危機に際しての時間の空費がいかに大きな災いを招いたか。今への教訓も多い。  焼け野原となった日本は奇跡的な復興をとげた。東西冷戦下、平和憲法と日米安保体制により経済・通商に主力を注げたという偶然もあった。同時に国民皆保険、犯罪率の低さ、長い平均寿命など安心感の強い社会も実現した。  だが、最近は社会の劣化を示す事例が相次いで露見している。「消えた年金」問題や医療崩壊などへの国民の懸念が昨年の政権交代の大きな契機となった。今大騒ぎになっている高齢者の所在不明問題も、行政や地域の力が落ちていることを示す。  最近の日本は内向きになりすぎていると言われる。戦時中のように外の動きが見えなくなっては困る。  中国に追い上げられているとはいえ、世界2位の経済力の国が自国のことだけに気をとられているわけにはいかないはずだ。まして、かつて不幸な戦争を引き起こした日本である。積極的に平和を創る役割を担うのは当然のことだ。途上国の貧困の除去や教育支援なども含めた広い意味での平和創りで今後一層の寄与をしていくべきだろう。  日本はアジアを中心に積極的なODA(政府開発援助)を展開してきた。金額でもかなり長期にわたり世界1位の援助大国を誇っていた。だが、今や米、独、仏、英に抜かれて5位である。今年度予算も11年連続の減額でピーク時(1997年度)の約半分というのは寂しい。  PKO(国連平和維持活動)の派遣要員も今年初めの段階で中東のゴラン高原など3地域で計39人、世界85位というのは消極的すぎた。2月からのハイチ大地震の復興支援は久々の大型の派遣で国際的にも評価されている。今後も日本の得意分野を中心とした積極策を期待したい。  ◇核廃絶へ意義深い接点 (中略)  特筆すべきは核廃絶を巡る動きだ。原爆投下の当事国である米国の駐日大使が初めて広島・平和記念式典に参加した。英仏代表と国連事務総長も初参列だった。  広島・長崎の式典は被爆による犠牲者を鎮魂し核廃絶を誓う、平和を願う運動の象徴的な場だ。一方で国際政治をリードする米国など核大国は、核抑止戦略を前提に核不拡散や核軍縮を議論している。理想と現実の溝は大きかった。  だが、オバマ米大統領の「核兵器のない世界」演説(09年4月)から空気が変わった。北朝鮮やイラン、テロリストへの核拡散こそが脅威であり、冷戦型の核抑止の比重は低下したとの認識に立つ。核不拡散、核軍縮を通じて最終的に核廃絶をめざすという構想だ。それぞれ動機は異なるが、核大国と広島・長崎が初めて「核廃絶」という共通の目標を持ち、接点を持ち得た意味は大きい。  唯一の核使用国である米国のオバマ大統領も、唯一の被爆国である日本の菅首相も、ともに核廃絶に向けて行動する「道義的責任」を表明している。さまざまな日米連携が考えられ、日本政府も積極的に行動を提起すべきだ。オバマ大統領の早期の被爆地訪問を期待したい。  二度とあの戦争の悲劇を繰り返してはならない。そのために平和を創る努力をしていく。一人一人が考える終戦記念日にしよう。


日経は、外交戦略の重要性にスポットを当てている。
特に大戦前夜の有り様を重く捉えている。
毎日のところで指摘したような、大戦前夜におけるメディアの責任にも言及しているところが鋭いと思う。
その上で「国際情勢の甘い分析と、国力をかえりみずに大風呂敷を広げた外交、国内の情緒に依拠した対外政策」と括っている。
ここの部分は、社説だけではなかなか全てを語り尽くせないものだから、この字数でいうならばこう言わざるを得ないのだろう。
しかし本当の教訓を導くためには、更にディテールを分析して提示する必要があると思う。
そうしなければ、三国同盟にせよ対中戦線拡大にせよ、当時の時局が望まれなかった方へ転がっていった真の教訓が得られないのだと思う。
そして、今の世界情勢の中で日本はどうあるべきかという提言を導くための作業が大切だ。
敗戦の教訓をいまに生かしているか
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE3E0EAE1EBE7E4E2E3E7E2EAE0E2E3E28297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D
(前略)
なぜ無謀な戦争に走ったのかを徹底的に検証し、同じ失敗を繰り返さない努力を尽くすことが必要だ。

 日本が中国に加え米英とも戦争することになった原因のひとつが、いまから70年前にヒトラーのドイツ、ムッソリーニのイタリアと結んだ日独伊三国同盟だった。ドイツ、イタリアと組んで米国に対抗する狙いだったが、米国との対立は決定的になったうえ、その後のドイツの敗退でこの構想はあっさり崩れた。

 対中、対米政策の失敗も重なった。中国各地に戦線を広げ、それが米英の日本への警戒感を増幅させるという、負の連鎖を招いた。

 当時、多くのメディアや世論が米英中などへの強硬論に拍手を送っていたことも忘れてはならない。

 ここからくみ取るべき教訓は何か。国際情勢の甘い分析と、国力をかえりみずに大風呂敷を広げた外交、国内の情緒に依拠した対外政策は、国の進路を誤るという現実だ。

 いま世界では中国やインドといった新興国が重みを増す一方、超大国の米国は金融危機の後遺症やアフガニスタン戦争などで傷ついている。
 こうしたなか日本国内では、米国と距離を置き、外交のフリーハンドを広げるべきだという離米論も聞かれる。だが、朝鮮半島をはじめ日本の周辺にはなお多くの紛争の火種があり、米国との同盟なしで安定を保つのは難しい。影響力を増す中国とバランスを保つため、周辺諸国も強固な日米同盟を必要としている。

 情緒と願望に押し流され、現実を踏まえた冷徹な外交を忘れたとき、国の安定と繁栄は危うくなる。この歴史の教訓を改めて肝に銘じたい。

などと思いながら、日経のもう一つの社説を見てみると、ここに、前述の社説では語らなかったもう一つの教訓への提言がなされている。
そう、大戦前夜は資源争奪戦だった。
資源のない我が国が列国から資源と市場を閉め出されたことについては各紙は語らないが本当はこれが一番重要だったのではないだろうか?
中央アジア資源外交に弾みを
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE3E0EAE1EBE4E2E2E3E7E2EAE0E2E3E28297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

朝日はまた一段と教訓を絞ってきた。
テーマは【「昭和システム」との決別】だが、文中で定義される「昭和システム」ではなくて、本当は「官僚制」からの決別が言いたいのではないかと思う。
それにしても、例によって外国人の著述を引き合いに出して、責任の有りかを「官僚制」一点に持ってくる。
今や「官僚」は最も叩きやすいスケープゴートだ。
そして「朝日自身には一切責任はない」という主張が行間からあふれ出てくる。
日経とは誠に対照的だ。
他方、「主権者」としての国民が「主導」するということは大切なことだ。
そのためには、各メディアは正しい情報を伝えなければならない。
メディアが自分たちに都合の良い情報だけ流して゛「主権者」を誘導するなどということがあってはならないと思う。
65回目の終戦記念日―「昭和システム」との決別
http://www.asahi.com/paper/editorial20100815.html
  脚本家の倉本聰氏作・演出の舞台「歸國(きこく)」が、この夏、各地で上演されている。8月15日未明の東京駅ホームに、65年前に南洋で戦死した兵士たちの霊が、軍用列車から降り立つ。
 「戦後65年、日本はあの敗戦から立ち直り、世界有数の豊かな国家として成功したんじゃなかったのか」「俺(おれ)たちは今のような空(むな)しい日本を作るためにあの戦いで死んだつもりはない」
■もうひとつの戦後
 劇中の「英霊」ならずとも、こんなはずでは、と感じている人は少なくないだろう。戦後、日本は戦争の反省に立って平和憲法を掲げ、奇跡と呼ばれた経済成長を成し遂げた。なのに、私たちの社会は、いいしれぬ閉塞(へいそく)感に苛(さいな)まれているように映る。
(中略)
米国の歴史家、ジョン・ダワー氏は近著「昭和 戦争と平和の日本」で、官僚制は「戦争によって強化され、その後の7年近くにおよぶ占領によってさらに強化された」と指摘する。同様に、日本型経営や護送船団方式など戦後の日本を支えた仕組みの多くは、戦時中にその根を持つ。

 「八月やあの日昭和を真つ二つ」(8月8日 朝日俳壇)。この句の通り、私たちは戦前と戦後を切り離して考えていた。だが、そんなイメージとは裏腹に、日本を駆動する仕組みは敗戦を過ぎても継続していた。ダワー氏はこれを「仕切り型資本主義」と呼ぶ。軍と官僚が仕切る総動員態勢によって戦争が遂行されたのと同じやり方で、戦後も、社会は国民以外のものによって仕切られてきた。
(中略)
冷戦下、西側の一員として安全保障と外交を米国に頼り、経済優先路線をひた走るという「昭和システム」は、確かに成功モデルだった。だが、時代が大きく変化した後も、私たちはそこから踏み出そうとはしなかった。

 「仕切り型資本主義」は「人任せ民主主義」とも言い換えられる。任せきりの帰結が、「失われた20年」といわれる経済的低迷であり、「顔の見えない日本」という国際社会の評判だ。
(中略)
政権交代は、小さな一歩に過ぎない。政治主導とはつまるところ、主権者である国民の主導ということだ。

 過去の成功体験を捨て、手探りで前に進むのは不安かもしれない。だが、新しい扉を開くことができるのは、今の時代に「生きてるわたし生きてるあなた」しかいない。


主権者たる我々が主権を行使する機会は選挙など限られてはいる。
しかしながら、その投票行動を正しい情報と判断に基づいてなすことが大切である。
マスコミが正しい情報を発信するとは限らない。
僕らにできるのは各紙を読み比べるとか雑誌からの情報とかだろうか。
雑誌だって自分たちの主義主張で書いているだろうから広く読み比べたい。
といいながらなかなか時間がない。
それでこのブログも更新できない…なんてね。
各紙の社説では「戦略の欠如」というが、「戦略」をプロセス立てて考えている人はどれくらいいるのだろうか?
下は僕が去年の今頃紹介したプロセスの一例だ。
フロー02.gif
外交・経済・福祉・軍事(防衛)その他どれをとっても重要な分野だ。
一人一人で全てを自ら考える必要はないにせよ、メディアが自らプロセスを立てた戦略を示してみたらいい。
それを見て一人一人がその妥当性をよく考える事が出来たらよいと思う。

オバマ大統領のノーベル平和賞受賞をめぐる五紙の社説 [核と平和と田母神氏]

ローマシリーズはちょっとおやすみ。
今回のノーベル平和賞はちょっとしたサプライズだった。
この知らせを受けて五紙は一斉に社説を載せたので眺めてみる。
諸手を挙げて大歓迎で応援しようというのが朝日と毎日だ。
朝日より
ノーベル平和賞―オバマ変革への深い共感
http://www.asahi.com/paper/editorial20091010.html
 核のない世界をめざす。地球温暖化問題に真正面から取り組む。単独行動主義はやめ、国際協調と対話でさまざまな問題にあたる。彼の発した「チェンジ」のメッセージが、それほどまでに世界の人々の心を揺さぶったということだろう。
 ノーベル賞委員会は今年の平和賞に米国のバラク・オバマ大統領を選んだ。就任から1年もたたない政治指導者に贈られるのは極めて異例のこと。授賞理由のなかで委員会は、オバマ氏が「大統領として国際政治において新たな機運を作り出した」と、核廃絶構想をとくに評価した。
 世界が直面する気候変動に果敢に挑むなかで、「建設的な役割を果たしている」とも評した。
(中略)
 難題ばかりだ。どこまで成果に結びつくかは未知数な部分が大きい。アフガニスタン戦争も出口がなかなか見えない。ノーベル平和賞を受賞したからと言って、国際社会の複雑な利害対立が解けるわけでもない。
 だが、それも承知で委員会は、オバマ流の国際政治こそ、初の授賞から108年の間ずっと後押ししようとしてきたものだ、とたたえている。
 むろんオバマ大統領が無謬(むびゅう)であるはずもない。それでも、希代の指導者による挑戦を頓挫させることは、世界の公益に大きなマイナスとなる。
 オバマ大統領は来月12日に日本を訪れ、鳩山首相と会談する。日米同盟は今や、日本や極東の安全保障だけでなく、地球規模問題への対応で力を合わせていく同盟である。
 とくに、核廃絶に向けた戦略は日米の緊密な協力が欠かせない。オバマ大統領という「世界の資産」を最大限生かしていくためにも、首脳会談を大事にしたい。

毎日
社説:オバマ氏平和賞 さあ次は理想の実現だhttp://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20091010k0000m070133000c.html
 就任から9カ月。まだ1期目を始めたばかりの米大統領がノーベル平和賞を受けることに驚いた人も多いだろう。それだけオバマ大統領の「核兵器のない世界」構想が世界を揺り動かしたということだ。折から11月の訪日も決まったオバマ大統領に、心からお祝いを言いたい。
 「核なき世界」構想は、なにもオバマ氏の専売特許ではない。キッシンジャー元米国務長官ら元米高官たちも核兵器全廃を提唱し、米国政治の一つの潮流になっていた。オバマ氏受賞の背景には、こうした米国の歴史的な動きも挙げられよう。
 だが、オバマ氏自身の活躍は目覚ましかった。プラハで4月に「核なき世界」演説をした際、唯一の核兵器使用国として核軍縮に努める「道義的責任」に言及したのは、実に潔い覚悟の表明というべきである。
(中略)
 だが、オバマ氏へのノーベル賞を苦々しく思う人々のことも忘れてはならない。中東和平は進展せず、「オバマのベトナム」とも言われるアフガニスタン情勢は悪化する一方だ。北朝鮮の核兵器やミサイル、イランの核開発の脅威も増している。オバマ政権下で世界は平和の果実を必ずしも味わっていないのだ。
 これからオバマ氏に問われるのは、うたい上げた理想を実現する実行力である。来月アジアを歴訪するオバマ氏は、どんなに同盟国・日本が北朝鮮の核兵器やミサイルに脅かされているか、そして広島・長崎の人々がどんなに大統領訪問を待ち望んでいるかを肌で知ってほしい。それこそ「核なき世界」への新たな出発点になるのではないか。オバマ氏の戦いを日本も全力で応援したい。

課題があるとしながらも、成果達成に向けて一定の期待を示すのが読売と日経だ。
読売
ノーベル平和賞 オバマ「変革」への大きな期待(10月10日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20091009-OYT1T01258.htm
 意外性があるだけに強い印象を与える授賞発表だ。今後の行動に大きな期待がかかる。
 2009年度のノーベル平和賞は、オバマ米大統領に決まった。
 平和賞を選考するノルウェーのノーベル賞委員会は、授賞理由について、国際的な外交と人々の間の協力関係を強化するために大統領が示してきた「比類なき努力」をあげた。
 とくに、「核兵器のない世界」を目指す大統領の構想とその働きに、「特別の重要性を認める」と称賛した。大統領の下、米国が、核廃絶や軍縮、気候変動や人権など、国際的な課題に建設的な役割を果たしている、としている。
 オバマ大統領は、唯一の超大国である米国の対外イメージを大きく変えた。それが、今回のノーベル賞決定の背景にある。
(中略)
 就任9か月のオバマ大統領の場合、期待が先行しているきらいがある。今後、いかに実のある成果を上げるかが重要な課題だ。
 米国が最重視するアフガニスタン情勢は混迷を深める一方だ。タリバンが攻勢を強めるなか、今後の対応については、一層の増派か戦略の転換か、政府部内でも見解が割れている。
 北朝鮮やイランの核問題も、まだ解決への具体的な成果は上がっていない。核実験全面禁止条約(CTBT)の批准など米国が率先して実行すべき問題も残る。
 受賞を機に、オバマ大統領には平和実現へのさらなる努力を期待したい。同時に、各国指導者も協力しなければならない。
(2009年10月10日01時18分 読売新聞)

日経
社説1 「核兵器なき世界」への行動促した平和賞(10/10)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20091009AS1K0900A09102009.html
 今年のノーベル平和賞に、オバマ米大統領が決まった。「核兵器なき世界」の実現を唱え、世界の将来に希望を与えたのが受賞理由だ。ノルウェーのノーベル賞委員会は、国連の役割を尊重した国際協調、対話重視の紛争解決、地球温暖化問題での建設的な役割なども重視した。
 大統領は今回の受賞を「行動への要求」と受け止めた。米国とオバマ氏自身の今後の貢献への期待を込めた平和賞である。これを機に、核軍縮をはじめ国際社会の懸案解決に、一段と指導力を発揮してほしい。
(中略)
 オバマ氏が外交の柱に掲げ米軍を増派したアフガニスタンも安定化にはほど遠い。オバマ政権が発足してからまだ1年に満たない。今回の受賞は多くの宿題を抱えたオバマ氏が、真の実績を上げるために背中を押したものと受け止めるべきだ。
 大統領は11月に来日する。「核なき世界」を日米主導で実現するためにも広島や長崎を訪ねてほしい。

一方産経は期待感よりも課題の方が大きいと評価し、受賞は尚早ではないかとの感触だ。
産経
【主張】オバマ氏平和賞 評価に見合う成果が課題
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/091010/acd0910100300001-n1.htm
 ノルウェーのノーベル賞委員会はオバマ米大統領に今年のノーベル平和賞を授与すると発表した。「国際政治における協調外交に並外れた努力を重ねた」ことが授賞理由だという。
 現職米大統領で平和賞を受賞したのはセオドア・ルーズベルト(1906年)、ウィルソン(1919年)に続き3人目だ。
 オバマ氏は、4月にプラハで核廃絶を呼びかける演説を行った。また先月の国連安保理では首脳級会合の議長を自ら務め、「核なき世界」をめざす決議を主導するなどの取り組みが評価された。
 委員会によれば、オバマ氏が「国際政治に新たな雰囲気を創出し、国連などの国際機構の役割を重視した国際協調外交を中心的地位に戻した」とされ、気候変動問題への積極的姿勢についても触れている。
(中略)
 それにしても政権発足後まだ10カ月もたっていない段階で、平和賞を贈った委員会の判断に問題はなかったのだろうか。
 今回の選考では、事前にジンバブエ首相、アフガニスタンの女性人権活動家、南米で人質解放交渉に尽力した国会議員らに加えて、中国の人権活動家の胡佳氏らの名前が下馬評で挙がっていたが、いずれも政治的な難しさが指摘されていた。
 一方で、オバマ氏は中東和平の推進を唱えながら、大きな進展はない。アフガニスタン・パキスタンのテロとの戦いをめぐってきわめて厳しい情勢に直面している。また核廃絶・不拡散も、北朝鮮やイランの核問題の局面打開はできていない。
 オバマ政権をめぐるこうした現実を見ると、「オバマ氏ほど世界の注目を引き、人々によりよき未来への希望を与えた指導者はいない」という委員会の評価に見合う成果を挙げていくのは容易なことではないだろう。

本人は日経かな?
obama.jpg
僕は…読売・日経と産経の中間。

核廃絶はそう容易ではあるまい。
他方、容易でないからこそ取り組む価値もある。

ただし、やり方を誤れば、世界は望んだ方向とは逆のものを得ることもあり得る。
冷戦終結のあとに民族紛争・宗教紛争・テロの時代が来たように。

だから、オバマ大統領を始め各国の首脳が
どのように取り組むのか
どこまで行けるのか
そしてそれが世界に何をもたらすのか
そこが課題だ。

核をめぐる冷静な論議の試み(番外編)【追記あり】 [核と平和と田母神氏]

追記履歴
1. 平成21年8月26日5時50分
2. 平成21年8月28日22時22分
3. 平成21年8月29日9時10分
4. 平成21年8月29日22時40分
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これまでの核をめぐる論議の高まりをふまえ、僕は核をめぐる冷静な論議の試み(その1)をスタートした。
かの三部作を作り上げたU3氏の労作に対しコメントを付し、核に関わる論議の完成度を高める試みであった。
ところが?
全く異常な状況が生起している。
「Aよ、お前は正義の心を何処に置き忘れて来たんだ?」 [問題提起]

彼の言葉は僕にとって全く理解不能だ。

そこから僕の考察は始まる。
その目的は現状の紛争の解決だ。そのモデルはこれだ。
Op_U3.gif
簡潔に書く。

1 現在の状況
  U3氏の状況は彼の投稿だ。
  僕の状況は先の投稿
  一言で言えば、彼が僕に謝罪を求める理由が不明だ。
  僕のどの行為が何故謝罪に価するのかが理解できない。
  あれでは「井関は、俺が望まないことをした。望むか望まないかは俺が勝手に決める」とU3氏が言っているようにしか読めない。
 
2 U3氏の意図
  「人が不合理なことをする際には何か言外の理由がある」これが僕の経験則だ。
  そこで考える。
 ◎ケース1【U3氏は僕を試している。】
    つまりワザと不合理な要求を突きつけて僕の反応を見るというわけだ。

 ◎ケース2【本当に謝罪すべき合理的な理由がある】

 ◎ケース3【それ以外】
 

3 僕の選択肢
    そこで僕が対応した場合の一般的なオプションを挙げてみる。
     ●オプションA 【井関がキレる】
    ●オプションB 【井関が折れて謝る】
    ●オプションC 【井関がシカトする】


4 シミュレーション
 ◎ケース1の場合は
    ●オプションA 【井関がキレる】氏は井関に対して「理性の脆さ」を指摘できる。つまりキューバ危機が僥倖によって回避されたという氏の主張を実証できる
    ●オプションB 【井関が折れて謝る】氏は井関が批判する「事なかれ主義」に自ら走ったと実証できる。
    ●オプションC 【井関がシカトする】氏は井関の「冷静かつ合理的な思考」のあり方を問う。(既に氏は触れている。)
    ※なかなかこれは巧妙だということがわかる。

 ◎ケース2の場合は
    ●オプションA 【井関がキレる】→決裂
    ●オプションB 【井関が折れて謝る】現状では合理的な説明になっていないから更に説明を求めることが必要。
    ●オプションC 【井関がシカトする】氏は井関の「冷静かつ合理的な思考」のあり方を問う。(既に氏は触れている。)

 ◎ケース3の場合は
    その時による。

5 検討
  そこで更にフィードバックして検討する。

6 結論
  対応はケースごととする。
  すなわちU3氏に対する回答はこちらだ。

1 U3氏が僕を試そうとしているならば、即興に巧妙な手を発想した機転と、凄まじい演技力・表現力に喝采する。

2 U3氏に本当に謝罪を求めるべき合理的な理由があると言うならば、それを更に合理的に説明していただく。
  そこに真に納得がいけば謝罪すべきだろうし、現状の氏の説明では「お見舞の辞」も無理だ。


3 それ以外の場合であれば…その時考える。

僕のコメント欄は誰にでも開いている。

------以下追記第1(平成21年8月26日5時50分)---------
ところで…はたと考えた。
「A」って誰だ?
いままで僕は自分のことだとばかり思いこんでいた。
でも、それは本当か?
余りにも氏の言い分が理解できないのは、もしかしたら僕とは違う人のことを言っているからなのかもしれない。

確かに、当事者が表示されていないことがおかしい。
そこで、今後は、「井関太郎」名と、当ブログのurlをもって当事者が表示されていない氏の発言には僕は何ら対応しないこととする。

また、「合理的」とは「道理にかなった」という意味である。
つまり今回では
1 謝罪の対象となる行為
2 謝罪の対象となる理由

が示されて、
1 行為が真実になされたこと
2 理由が道理にかなっていること

が確認できることである。

本日はこのあと出張でネット接続環境のない場所に行くため、次の投稿は27日の晩となる予定。
------以下追記第2(平成21年8月28日22時22分)----------
ようやく金曜日が来た。
今週も充実した仕事ができた。
留守を守ってくれる人がいるってのはありがたいことだと思う。
家庭でも、そしてブログにまで。

さて…にやけていないで「審議」だ。
昨日来のE-sonet氏によるコメントの取扱いだ。
中間結果をお伝えする。

思考モデルは、上記問題解決モデルとほぼ同じだ。
1 現在までの状況
 ○ E-sonet 氏の状況
  ・ 27日のコメント「by E-sonet (2009-08-27 06:54)」 において「U3に関わってはだめです。ご忠告申し上げます。」から始まる発言がなされた。
  ・ 28日のコメント「by E-sonet (2009-08-28 08:11) 」において、「証拠」として、勿忘草氏のurlが示された。
 ○ 当ブログ側の状況
  ・ 27日のコメントに対して当ブログさなえから「人殺しとはおだやかじゃないですね。お書きになっていることの根拠をお示しにならないと、ただの誹謗中傷になりますよ。」などコメント(by さなえ (2009-08-27 09:09) )
  ・ 井関より「ちょっとそのコメントの取扱いについては審議させていただきます。審議の間…さなえさんから求めのあった証拠提示について…できるだけ準備をお願いします。」など(by 井関 太郎 (2009-08-27 21:34) )
  ・ さなえより「私がE-sonetさんのコメントの中で、これは書いてはいけないと思うことはただ一点です。つまりU3さんのことを「人殺しでもあります。」と断定されている箇所です。」など(by さなえ@当ブログ女将 (2009-08-28 09:29))

2 E-sonet 氏の意図
◎ケース1【U3氏に対する怨恨からくる誹謗中傷】
◎ケース2【So-netブログの運営の安定】
  過去にあったトラブルを指摘して現在の、または将来のトラブルを防止させるという意味。
◎ケース3【上記の混合】

僕から見ると「ケース3」かな…

3 僕のオプション
●オプションA【無視する。というか削除する。】
●オプションB【本格的に証拠を示してもらいU3氏の実態を解明してSo-netブログの運営全般の安全のために貢献する。】
●オプションC【当ブログの正常な運営に必要な範囲で参考とする。】


4 シミュレーション
  詳細は省略

5 検討・結論
  公共の利益に合致するのは【オプションB】なのだろうが…なにせ僕は実生活が忙しい。
 そこで【オプションC】を基本として…できる範囲で【オプションB】も考慮することとする。  また…さなえが指摘しているように「誹謗中傷」にあたる部分については厳正に注意を促すこととする。

 以上をもって中間結果とする。
 具体的な部分についての審議は明日以降行う。
------以下追記第3(平成21年8月29日9時10分)----------
複数のコメントにより僕のアイコンがキュートでないと指摘され、審議の結果「理由有り」と判定し、マイナーチェンジすることとした。
マイナーチェンジの理由:従来のものは、小さく表示されると怒っているように見える。
詳細は下図の通り。
icon.gif
------以下追記第4(平成21年8月29日22時40分)----------
1 E-sonet氏によるコメントの取扱いに関する審議結果(最終)
  当ブログでは、当該コメントについて個別の内容について取扱いを以下の通り決した。
 ● 忠告に関わること
   「U3に関わってはだめです。」につき、以下の評価を考慮した上で参考とする。
 ● 事実の摘示に関して以下のように評価する。
   ・E-sonet氏の提示したurlに保存されている記事は、現在U3氏が投稿している記事と同様の傾向を有している。また、U3氏自身も過去に事件があった旨の発言をしており、その範囲で平仄が一致している。
   ・その他の部分については真偽は不明である。
   ※「人殺し」については、ブログ上の攻撃と実際の流産の因果関係を立証することは一般的に困難であり、主治医の診断がある場合であれば別であるが、これを断定的に記述することは不適切と判断する。このような憶測に基づく発言は厳に慎むべきである。その他、「コンプレックスの塊」なども内心を憶測するものであり不適切である。

   以上を持ってE-sonet氏によるコメントの取扱いを決する。


2 本件全般に関する僕の立場
  さまざまな考察を始めたものの、どうも僕が謝罪すべき合理的な理由は提示されず、ましてや紛争当事者さえ確定されていない事実をふまえ、僕が特段の対応をする必要はないものと判断する。


3 本件全般に関する教訓
  あくまでも一般論として述べさせていただく。本件で僕が感じたことだ。
 ●ネットにおいて「何事」かを公表することの意味
   新聞の論説であれ、テレビであれ、ブログであれ、公に意見や論考を発表するのであれば「公正な慣行に従う批評」を受けるのは当然のことである。それを拒否するならば、信者のみを集めたSNSでやればいい。「広く」見てもらいたければ「広く」から批評を受けるのが当然のことだ。公に発表しておいてそれを拒否するのは無責任な態度だ。

 ●言行一致
   「論議において、他の意見を遮って発言する行為は見苦しいものだ。」と発言した者が、同様の事をしたとしたらそれは言行不一致のそしりを受けることは当然だ。

 ●防衛機制
   自分は完全のつもりで発表した論考に対して何らかの批判を受けるとしたら、それは欲求不満の原因となる。
   防衛機制(ぼうえいきせい)とは精神分析で用いられる用語であり、欲求不満などによって適応が出来ない状態に陥った時に、不安が動機となって行われる自我の再適応のメカニズムを指す。
   ・投影(投射)
    自分の欠点を置き換えたり他人のせいにする。自己が抱いている他人に対しての不都合な感情を、相手が自分に対して抱いていると思うこと。
例:自分が相手を憎んでいるのではなく相手が自分を憎んでいると思いこむ。自分が浮気したいと思っているのを、恋人に浮気願望があると思うこと。
   ・ 攻撃
    他人のものを傷つけたりして欲求不満を解消しようとする。

 ●マッチポンプ
   マッチポンプとは「マッチで火をつけておきながら、それをポンプで消す」というように、自分でわざわざ問題を作り出しておきながら、そ知らぬ顔で、自分がそれを解決することで賞賛や利益を得るような、偽善的な自作自演の手法を意味する和製英語である。

 ● うのみ 【鵜呑み】
〔鵜が魚を丸のみすることから〕
(1)食物をかまずに丸のみにすること。
「御飯を―にする」
(2)他人の考えや案を十分理解・批判せずに受け入れること。
「師の説を―にする」

 ● 営業Nice!&義理Nice!
  自分の業績を上げるためにあちこちに押すNice!とそれに答えるNice!
  本当にナイスと思っているとは限らない。
  自分に敵対する者が同様のことをすると誘導Nice!だといって騒ぐ例もある。

今後本ブログは、「核をめぐる冷静な論議の試み」の継続を保留して、通常の活動に移行する。

核をめぐる冷静な論議の試み(その1) [核と平和と田母神氏]

1 導入
1-1 これまでのあらすじ

8.6田母神講演会」「たかじんのそこまで言って委員会」そして「日本のこれから 核」と、日本と核の関わりをめぐる論議が賑わっている。
僕はこういった論議が盛んとなることはとてもよいことであると思う。と既に書いた。

その中で、僕の敬愛する偉大なるブロガーであるU3さんが極めて現実的かつ冷静な論考三部作をアップしてくださった。(第一夜第二夜第三夜)
その思考の範囲は多岐にわたり、「核兵器がなくても日本は守れる。」との結論を見いだしておられる。

並行して僕は「核をめぐる論議の課題」【思考の枠組み】と【筋道と価値観】を通じて核をめぐる論議を整理するモデルの一案について考えてみた。

1-2 本投稿の趣旨
今回完成をみたU3さんの三部作は完成度の高いものであることは言うまでもない。
しかし、完全ならない人間であるところの作品であることから、決して完璧とまでは言えないと思う。
そこで、僕なりに意見を付すことで、その完成度を更に高めるお手伝いができれば幸いであると思う。
以後U3さんを「氏」と称し、丁寧語を省略させていただく。また、表現上、氏の記述を引用する際にフォントの装飾がオリジナルと一致しないことをご了承いただきたい。

2 NO MORE HIROSHIMA , NAGASAKI .[思っている事を述べよ]の概観
氏は以下の選択肢のうち【〈1〉核の力に頼るべきではない。】の立場に立ち、主張をまとめている。
〈1〉核の力に頼るべきではない。
〈2〉アメリカの核の傘に守ってもらう。
〈3〉核兵器を持つべきだ。

この主張を概観して端的に感想を述べるならば
(1)思考の視野が広い。
  経済や外交などの幅広い分野についても考察しているのみならず、歴史にも目を向けている。
(2)表現力が豊かである。
  時には氏の考えの本質とするところを簡潔に、かつ印象的に表現する力は見事である。
  途中挿入される画像も、読む者の心を解きほぐし、また視点の転換をスムーズにする。


他方、僕の目から見てもう少し加えた方が完成度が増すのではないかというい点を述べるならば
(A) 思考の要素として【意志】僕のモデルで言えば【目標】に関する意識が加わっていれば、更に論考に説得力が増すように思える。
(B) 簡潔に表現している故かどうか、論旨が飛躍しているように感じる部分もある。


以下、順を追って氏の作品を読み解いていきたい。

3  NO MORE HIROSHIMA , NAGASAKI .[思っている事を述べよ]を読む
3-1 第一部を読む。
3-1-1 導入
まずは討論番組を観ながらのモノローグから、【〈3〉核兵器を持つべきだ。】と答えた討論参加者が多かったことを意外に感じ、そこから氏の論考が始まっている。
全般の雰囲気については、僕が指摘したことと異なる部分を言っているが、そこは僕は敢えて触れないので、気になった人はビデオを見直すなどしていただきたい。
3-1-2 【〈3〉核兵器を持つべきだ。】への違和感
氏は指摘する。
この討論で①という意思表示を為された方の一人もわたしと同じ様な事を語っていた。それだけでなく日米同盟は確実に破棄されるだろうと述べられた識者(軍事専門家)も居られて、なるほどなと思った次第です。(因みにこの方は何故かわたしと同じ①を選択していました)
 更に、核兵器を持てば確実に世界各国の反発を招き食料の輸入がストップして食料の過半を海外に頼っている今の日本の実情からして死活問題になりかねない。しかも国連で日本への制裁措置を取られたら(現時点ではもし核兵器を保有したら制裁措置が取られるのは確実)あらゆる輸出入が制限され貿易立国日本は立ちゆかない。(①若しくは②と答えられた方の中にも言及された方がおりました)
 それだけでなく日本は核不拡散条約(NPT)加盟国であってその中で核の平和利用に限って核物質の輸入が許されていたのが核兵器を自ら作る事によってそれもストップする。そういう事態になったら今まで輸入した核廃棄物からプルトニウムを抽出すればいいという意見があった。わたしは思うのだが何故そうまでして核兵器を手に入れたいのだろうか?日本が核兵器を作る事が日本の国益になるのだろうか。わたしは思うのだが、
 世界から孤立するというそこまでのリスクを背負ってまで日本が核兵器を保有する意味も意義も全くない。

これはまさしく日本が核武装をする際のリスクである。
これに有効なリスク対策ができなければ日本は核武装をすることができない。
ここのところが、将来的に核武装を考える際の重要な論点ともなるだろう。
※ちなみに、田母神氏は8月6日の講演において、「みんなで知恵を絞る、そうしてアメリカを説得する。」旨のことを述べていた。田母神氏も上記のようなリスクを承知の上でそのためのリスク対策を「知恵を絞る」と表現していたのだと思われる。

3-2 第二部を読む
3-2-1 歴史認識
3-2-1-1 氏の見解

まず一、の「過去の歴史を見ても核兵器を持つ事によってそれが戦争抑止力になる事は明白。北朝鮮も日本が核を持てばおいそれと挑発も出来ないし核兵器を使用する事も出来ない。」から反論を述べてゆくとしよう。
(中略)
人類が63年間核兵器を使用しなかったのは単なる僥倖に過ぎない。それを歴史を踏まえてこれから証明しよう。
 米ソ冷戦時代のパワーバランスの均衡を指してそれが今後も続くと考えるのは甘い。その冷戦時代ですら実際にはキューバ危機(1962年)などあわや核による世界戦争勃発という危機的状況があったのだ。あの時ケネディとフルシチョフという米ソ両首脳のどちらかが理性を失っていたら今頃世界はどうなっていたか分からない。現実には若いケネディは国内では核戦争も辞さないと主張する米国防省やCIAの強硬意見を押さえ、かつ老獪なフルシチョフと若く血気盛んなカストロに手を焼き精神的に極限状態まで追い込まれながらも冷静に着実に国家の舵取りをしたのだった。そしてもしフルシチョフがそのケネディの提案を受け入れてキューバに配置した核をすべて撤去すると表明しなかったらと思うと背筋が寒くなる思いがする。③を選んだ人はその当時の緊迫感つまり「人類がはじめて世界の終わりを差し迫った現実のものとして実感した」あの数日間の極限の攻防をよく知らないか、知っていたとしてもその意味をまったく理解していないのだと思う。

 人間は道具を持てば必ずそれを使いたくなるものなのだ。ピッグス湾事件に端を発したキューバ危機を見てもそれが分かる。現実に国防省は核の使用を強硬に主張し、キューバやソ連に向けて核ミサイルの配備を全て終えていたのだ。それを押さえたのはケネディの理性に他ならない。フルシチョフはこの事によって若きケネディがまったく侮れない指導者である事を知ったのだ。キューバ危機ではたまたま若く理想に燃えるケネディがいたから核戦争を回避できたが、国家が聡明な指導者を常に戴けるとは限らない。そして人間がいつも理性が働くとは限らないのは歴史が証明している事だ。

また、当時の氏の経験として
 わたしは当時小学一年生だったが、今でもその時の事を覚えている。家に来て間もない白黒テレビを前に姉を傍らに座らせわたしを両手で抱きしめた母は「日本はまた戦争に巻き込まれるかも知れない」とNHKのニュースを見ながらつぶやいた。

氏の見解を要約するとこうなる
-キューバ危機において、当時の指導者が偶然聡明だったからに危機は回避された
-国家の指導者はいつも聡明であるとは限らない。いつも理性が働くとは限らない。
-だから核抑止は成り立たない。


3-2-1-2 井関の見解
ここで僕は既に指摘した「思考の要素として【意志】」への認識が不足しているように感じる。
「聡明さ」や「理性」とはあくまでも「意志」すなわち「目標」を実現するために必要な資質である。言わばツールだ。


●キューバ危機で言えばどうか?
喉元にミサイルを突きつけられたケネディにとっての「意志」は、切迫した脅威から「自由と民主主義そして国民の生命を守る」であったことだろう。
他方フルシチョフにとってキューバにミサイルを突きつけた「意志」は、「共産陣営の優位の確立」ではないか?少なくともキューバにミサイルがなくともソビエト人民が危険にさらされる切迫した脅威があったかどうかは疑わしい。

氏は当時の体験を語ってくれた。僕も語りたい。
僕も幼い頃だった。幼稚園の先生だったかが、「いま世界が大きな戦争になりかかっている。」と言うようなことを言ったので、帰ってから父に尋ねた。 父は満州帰りの旧陸軍人だ。終戦は内地だったらしい。
父は「戦争になどなりはしない。」と言下に言い放った。
そして、将棋の名手だった父は将棋盤にいくつかの駒を並べると、
「いいか、いまのありさまはこうだ。
アメリカがこうすればソ連はこうする…こうなってこうなると両方大損だからこれはない。
次にこうすればこうなる…こうするとこっちが大損だからこれもない。」
などといって
「そうすると…まあ…こうなってソ連が引く。そうすれば双方丸く収まる。」
その後、まさしくその通りになった。
「な、おとうさんの言ったとおりだろう。」ってニカっと笑った口元からのぞいた銀歯がいまも忘れられない。

その父も没して長くなる。

僕はそのころはちんぷんかんぷんだった。
その後ゲームの理論を学んでようやく父の言ったことがわかった。
父が言いたかったのはまさしくミニマックス基準だったのだ。詳しくはこちら

キューバ危機当時のアメリカとソ連の選択肢を挙げるとこうなる。
ソ連の選択肢
A アメリカから攻撃される前にミサイルを撤退する。
B ミサイルを撤退しない。攻撃された場合は応戦するが核は使わない。
C ミサイルを撤退しない。攻撃された場合は核使用も含めて応戦する。

アメリカの選択肢
ア キューバへのミサイル配備を積極的ないしは消極的に容認する。
イ キューバへのミサイル配備を容認しない。攻撃を準備して威嚇する。
ウ 上記「イ」のみならず、実際に攻撃してキューバ配備のミサイルを破壊する。

その場合の双方のシミュレーション(利得表)は下の図だ。
赤の色が濃いほど損になる。
シミュレーションキューバ01.gif
この図を見ると、アメリカとソ連の両者にとって、起こりうる最大の損失を最小にするような選択肢は、ソ連にとってはAであり、アメリカにとってはイであることが判る。
その両者の交わるところが、【Aイ】すなわち【アメリカが攻撃を準備して威嚇する間に、ソ連はミサイルを撤退する。】である。

シミュレーションキューバ02.gif
そういう意味で、キューバ危機は双方の「意志の力」によって、回避されるべくして回避されたと言える。
国防総省が強硬意見を主張したり、実際にミサイルを配備したというのも、そのおかげでワシントン内部のKGBエージェントを通じてアメリカの「本気度」をクレムリンに伝えるために重要な役割を果たしたことだろう。
氏が言うような僥倖も作用しなかったわけではないが、それはあくまで、本流であるところの「意志の力の実現を妨害するほどのジャミングがはいらなかった」という程度の僥倖だったのだと僕は思う。
勿論、こういう考えに反対の立場の人がいることも申し添えておく。

●大統領選に見る意志と理性と聡明さについて
列国に比べ日本の政治は実にゆったりとしているというか、ユルいと思う。
たった一回の総選挙の結果で、時には政党が合従連衡して、一度も国務大臣を経験したことのない人間が、責任政党としての政見を語ったことのない人間が日本の総理大臣になったりする。
何千人も殺すような大震災に際して「なにぶんにも初めてのことですので」などと宣う者に核のボタンは預けられない。 その点では氏の考えに深~く同意する。
あと…G8では…ベルルスコーニも…愛人にせがまれて…なにかしそうだ…から持たせない方がよさそうだ。
では、アメリカの大統領はどうだろう?
アメリカの大統領選は凄まじい。
それも各党の代表を争う予備選挙が凄まじい。
ヒラリー・クリントン上院議員が運動中に涙ぐみ…これに対しても「人間味ある」といった好意的な受け止めがあった一方で…「余りにナイーブだ」という否定的な見方もあった。
このような熾烈な戦いの中で「志」や「意志の力」が試される。併せて「聡明さ」や「理性」が試されるのも言うまでもない。 そのような熾烈な試練を経て選ばれる大統領だから…「核のボタン」を預けるに相応しいと言えるのである。 つまり、大統領が「偶然に理性的・聡明」というのはいかにも説得力に欠けると感じてしまう。

仮に日本が核をもつならば、それに匹敵する人を首脳に選ばなければならない。
僕が防衛のみならず外交や政治(内政)に関わる政策として核武装論が関わってくる。と言ったのは…そういう意味からだ。

●ホットラインについて
氏は述べる
人類の滅亡を一番意識していたのはおそらく冷戦時代の米ソ首脳経験者だったろう。全面核戦争を防ぐ為にキューバ危機以来両超大国間にはじめてホットラインが引かれたのはあまりにも有名な話である。それ以来、ベルリンの壁の崩壊によって東西冷戦が終結するまでの26年間世界の命運は米ソ間に繋げられたたった一本の細い電話線に託されていたのだ。

これは実にセンセーショナルな表現である。芸術的ですらある。
確かにこう表現しても決して嘘言ではない。
ただ、読む人によっては文字通りに受けとめられてしまうと本質を見誤ってしまう恐れもある。いわゆる「過言」の恐れ有りだ。
やはり、「世界の命運を握っていたのは米ソ両首脳の強烈な「意志」であり、一本の細い電話線は、偶発的な過誤を防ぐための安全弁としてキューバ危機以降新たに加わった。」とするのがより妥当だと思う。

●冷戦の終結について
長くなるので詳しくは取り上げないが、ここも、アメリカの「意思」の表れであるSDI(実力)にソ連が対抗しきれなくなって冷戦終結に至ったと僕は考えている。

3-2-1-3小括

氏は冷戦間に核戦争が起きなかったことを「単なる僥倖に過ぎない」と述べる。
僕は上述の通り、アメリカ大統領などの国家指導者の「意志」とこれを推進する「実力・理性・聡明さ」による部分がより大きく、それらは「偶然」にして大統領が持つのではなく
自らの政治活動、特に激しく争う大統領選において試され鍛えられ、戦い抜いた者が唯一アメリカ大統領となるからであると考える。
ソビエトの指導者も同様であろう。
このような意見が氏の主張において更に完成度を高めるための参考となれば幸いである。


本日はここまでと致したい。
お盆休みモードが終わったので、次回の投稿時期は保証の限りではない。
やはり数回に分けなければならないと思う。
再度述べるが、僕はあくまでもU3氏を非難したり攻撃したりする意志はない。
氏の論考は非常に優れたものであり、その論考完成度を増すため、僕の見解を述べているということを再度強調したい。

核をめぐる論議の課題【筋道と価値観】 [核と平和と田母神氏]

1 承前の序
核をめぐる論議の課題として、論議がかみ合わない原因として
・思考の枠組み(時期的範囲や思考の要素)の差異
・思考の筋道の差異
・価値の評価の仕方差異

を前回列挙して、1番目の「思考の枠組み」について僕が念頭に置いているモデルを紹介した。

後半は、「思考の筋道」と「価値の評価」について考えてみる。

2 思考の筋道
この筋道は、前回紹介した思考の枠組みのうち、「情勢」から「国家戦略」を導き出す思考の道筋をさす。
下の図で言うと、赤い楕円で囲んだ部分の詳細だ。
フロー03.gif

この筋道を示す「思考の筋道モデル」が下の図だ。
フロー02.gif
●左側の「当時の情勢と予測」がインプットで、右側の「国家戦略」がアウトプットだ。
 アウトプットする国家戦略の要素は、「国家の目標」「求める世界像」そして「分野別政策」の順番に案出することとした。
●「当時の情勢と予測」では、国際全般と我が国に関係する各種の要素を考察する。
●情勢を考慮して、最初に「国家の目標」を案出する。
 ・取りうる選択肢をいくつか列挙する。(一つしかない場合もある)
 ・シミュレーションする。
  つまり、選択肢を実行した場合、情勢の予測から発生する事を考察して、選択肢の効用とリスク、更にリスクへの対策を考察する。
 ・各選択肢の効用やリスクや対策を比較して、最も優れた選択肢を選択する。
●同様にして「求める世界像」を案出する。
 併せて「求める世界像」を実現するために必要な対策を考察する。
●分野別政策を案出する。
 「国家目標」と「求める世界像」を実現するために必要な各分野の政策を案出する。

3 価値の評価
「思考の筋道モデル」の「比較・選択」のところに吹き出しで「価値観」と記述している。
ここで、判断者の価値観が大きく作用する。
例えばハイリターンを重視したり、ローリスクを重視したり、特定の要素(民主主義・自由主義・平和主義・人道主義など)への重みづけの違いなどが考えられる。
その違いを明らかにしないと、いつまでも話が相手に通じず、「何故こいつは俺のいうことが判らないんだ」となる。

4 結びにかえて【核論議への適用】
今回僕は「国家戦略」を案出するフレームワークでもって思考の枠組みや筋道のモデルを組み立ててみた。
このモデルでもって一人で国家戦略を案出したらそれは大変な作業であり、僕としてもそれをすべきだというわけではない。

ただ、核武装をめぐる論議は、国家戦略全体においてどのような位置づけにあって、他の分野との関連もあるということを言いたいがためにわざわざ大上段に構えたモデルを組み立てたのである。

つまり、核武装論は、
●国家の目標から影響を受ける。
  例えば「自ら独立して防衛する国家」や「五大国と並んで発言し、世界平和に貢献する」などを目指すならば核武装論議は避けて通れない。
●求める世界像からも影響を受ける。
  例えば「核のない世界」「核はあっても戦のない世界」では我が国として必要な対策も変わってくる。
●そして最終的には、防衛のみならず外交や政治(内政)に関わる政策として核武装論が関わってくる。
  核武装する効用とリスク、そしてリスク対策を明らかにした上で本当に核武装という選択肢が可能かどうか、そして選択すべきかどうかを各人の価値観に照らして明らかにする。
そうすることで、意見の異なる論者の間でも論点が浮き彫りになる。つまり冷静で論理的な論議ができる事になる。

これでU3さんの三部作を読み解く視点が確立できた♪

核をめぐる論議の課題【思考の枠組み】 [核と平和と田母神氏]

1 始めに
8.6田母神講演会」「たかじんのそこまで言って委員会」そして「日本のこれから 核」と、日本と核の関わりをめぐる論議が賑わっている。
僕はこういった論議が盛んとなることはとてもよいことであると思う。

しかし、なかなか現実の論議において、それぞれの主張がかみ合っていないのも事実だ。
その原因を僕は
一方は国際の力学すなわち現実
他方は被爆の恐怖すなわち感情

と表現した。
勿論これが大きな原因であるとしても、更に感じていることを列挙すると。
・思考の枠組み(時期的範囲や思考の要素)の差異
・思考の筋道の差異
・価値の評価の仕方差異

このうち、今日は「思考の枠組み(時期的範囲や思考の要素)」について考えたい。

2 思考の枠組みモデル
まずはこの図を見ていただきたい。
僕が念頭に置いている思考の枠組みのモデルである。
クリップボード02a.GIF
●一番上の矢印は時系列を示す。
つまり左から右に向かって現在から近い将来(数年~十年後くらい)、そして遠い将来(数十年後)に向かっていく。

●矢印の下に情勢を示すボックスが並んでいる。
これも時系列に左から、「現在の情勢」「近い将来の情勢」そして「遠い将来の情勢」と並んでおり
それぞれのボックスには、当時の情勢と将来の予測からなり、国際環境、国内の政治・経済・外交・防衛などの要素が含まれる。
また、近い将来、遠い将来となるにつれて不特定要素が増えることから、情勢の推移に従って起こりうる情勢パターンは増えていく。
このモデルでは「近い将来の情勢」を「N-1~3」の3個の情勢パターンとして、「遠い将来の情勢」を「F-1~6」の6個の情勢パターンとして表現している。

核に関わる情勢もこれに含まれ、例えば、
F-1は「世界の核廃絶が確立した情勢」
F-2は「世界が核廃絶に向かっている情勢」
F-3は「現在のNPT体制が維持されている情勢」
F-4は「現在のNPT体制が揺らいでいる情勢」
F-5は「世界各国が国際的な管理の下に等しく核武装しようとする情勢」
F-6は「世界各国が無秩序に核武装しようとする情勢」
勿論、他の要素(東アジアのパワーバランス、日米同盟、米国の世界プレゼンス、世界経済、自由民主主義の浸透の具合を含む国際環境と国内の情勢)もこれに付随してくる。

●一番下に国家戦略パターンを示すボックスが並んでいる。
これも時系列に左から「現在の国家戦略」「近い将来の国家戦略(N-1~3)」「遠い将来の国家戦略(F-1~6)」として表現している。
これら国家戦略は、その当時の情勢に適合しながら、国家の目標と求める世界像を明らかにしてそれを実現するために取るべき政策を明らかにする物である。
※例えば、近い将来の情勢パターン「N-1」に対しては国家戦略パターン「N-1」が対応する。
  また、遠い将来の情勢パターン「F-1」に対しては国家戦略パターン「F-1」が対応する。
核に関わる政策もこれに含まれる。
例えば例の選択肢でもいい。
〈1〉核の力に頼るべきではない。
〈2〉アメリカの核の傘に守ってもらう。
〈3〉核兵器を持つべきだ。


3 このモデルを踏まえてこれまでの論議を振り返ってみると。
「〈1〉核の力に頼るべきではない。」を主張する人は以下の2つに別れるのではないだろうか?
〈1-1〉当面、近い将来、遠い将来の全ての国家戦略パターンにおいて全て〈1〉を選択する人
〈1-2〉当面は〈2〉(現状維持)として、将来のある時点で全ての国家戦略パターンが〈1〉になるという人


また、「〈3〉核兵器を持つべきだ。」を主張する人はかなり多様にわたるのではないだろうか?
〈3-1〉当面の戦略から核兵器を持つべきだという人
〈3-2〉近い将来の戦略として核兵器を持つべきだという人
〈3-3〉遠い将来の戦略として核兵器を持つべきだという人
更に
〈3-4〉遠い将来の情勢によっては核兵器を持つ国家戦略をとるべきだという人。例えば上の例では「F-5とF-6では核兵器を持つ」など


最後に「〈2〉アメリカの核の傘に守ってもらう。」を主張する人は更に多様にわたるのではないだろうか? 少なくとも「当面」は〈2〉であろうけれど、その先は様々なパターンに分かれるのではなかろうか?
特に日米同盟のあり方によって影響を受けるから、近い将来と遠い将来の全ての戦略パターンでこれを維持することは難しい。

4 小括
このように〈1〉〈2〉〈3〉に括っても、相当に立場の異なる者同士のグルーピングとなり、同じグルーブでも他のグループ間でも、それぞれの論者が見ている時期や情勢の設定が異なるから論議がかみ合わないのだと思う。
だからといってこれまでの論議が無意味だったというわけではない。
このような論議がなされたから、こうやって更に整理して考えようという発想が生まれて来たのだ。

また、今回紹介したモデルも、これが最良のモデルとは限らない。
そもそも我が国に「国家戦略」が存在しないことが最大の問題なのだ。

選挙のマニュフェストも四年間が適用範囲?ばかばかしい…
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