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『総員玉砕せよ』読んで呆れた。そして山のような疑問。

講談社文庫『総員玉砕せよ!』水木しげる著ISBN4-06-185993-5
以下頁番号は上記書籍のものによる。

物語を読みながら、引っかかるところはいくつもあったが、一通り読んだ。
後書きを読んで呆れた。

後書きより引用(P355)
 この「総員玉砕せよ!」という物語は、九十パーセントは事実です。
 ただ、参謀が流れ弾に当たって死ぬことになっていますが、あれは事実ではなく、参謀はテキトウな時に上手に逃げます。
 物語では全員死にますが、実際は八十人近く生き残ります。
(中略)
 「玉砕」というのは、どこでもそうですが、必ず生き残りがいます。
◆◆◆引用おわり

「物語では全員死にますが、実際は八十人近く生き残ります。」だそうである。
結末そのものが創作だということを作者が言っているわけだ。
世に「終わりよければすべてよし。」という。
だとしたら、「終わりが創作」ならばどうだろう。
全てが創作だと言わざるを得ない。

僕が通りすがりAさんにコメントしたとおりの事が起きている。
http://blog.so-net.ne.jp/taro_iseki/2007-08-12#comments
つまり「90%の事実に10%の創作を織り込むことで、物語の主題を自由自在に操作することができるものです。」
つまり、この物語では、大勢の生き残りがあるにもかかわらず「全員死んだ」という結末にすることで、物語の主題が全くすり替えられているのだ。
まったく呆れたことである。

そこから更に振り返っていけば、どんどん疑問がわいてくる。

八十人近くが生き残ったとするとP337以降の「最後の突撃」には何人が参加したのだろうか?
2人に1人生き残ったとしたら総勢160人だろうか?
3人に1人生き残ったとしたら総勢240人だろうか?
いずれにしても1個中隊の人員を上回る。
では、P219で命ぜられた万歳突撃に背いて逃亡したのは2個中隊以上か?
だとしたら、もともとの支隊は何個中隊だったのか?

そのように何から何までが疑わしくなる。
そして
そもそも「玉砕命令」なんて存在するのか?
という疑問がある。

湊川の戦の頃はどうか知らないが、クラウゼヴィッツ以降の戦争観は単なる殺し合いに非ず。
「戦争とは他の手段をもってする政治の継続」であって、兵士にとって死ぬことは目的とはなり得ないのである。
何らかの目的を果たそうとした結果、兵士のうちの何人かが命を落とすことになる。
全ての兵士が命を落とす結果に至ったとき、それを「玉砕」と呼ぶのであり。
「玉砕」を命ずるというのは、おおよそ戦争遂行の目的からかけ離れている。

また物語の中では不思議なすり替えが起こっている。
P252で田所支隊長から兵団長宛に電報が届く。
電文は以下の通り。
「本夜を期し支隊長以下全員最後の切り込みを敢行する
ラバウルの赫々たる戦勝を祈る
三月十七日支隊長田所少佐」
そして通信は途絶する。
そこで「きっと玉砕したんです」と参謀が言う(P254)
それでいつの間にか兵団長まで「玉砕の命令は守られねばならぬ」(P261)となる。
はあ?
いつの間に「玉砕の命令」が発せられたと認知されているのだろう?
これも余りにいい加減な判断であって筋道が通っていない。
この下りは、水木氏が目撃していないところで行われた会話であって、それを「事実」というならば、如何なる取材の結果に基づいてなされたのだろうか?

更に止まることなくさかのぼってP132の図には
バイエン、バイエン岬、聖ジョージ岬の位置関係が記されているが、
衛星写真から見るに、どうもあやしい。
以下の図は、P132際下段の図とほぼ同じ位置・角度から作成した鳥瞰図であるが見比べていただきたい。

また、セントジョージ岬は、「セントジョージ岬沖海戦」の名前があるように、ニューアイルランド島にある地名である。
同じ地名が対岸の島にあるなど紛らわしい命名をするだろうか?
これも不思議である。

Wikipediaより
Cape St. George is the southernmost point on the island of New Ireland, Papua New Guinea, at -4.850, 152.877. It was the namesake for the Battle of Cape St. George, fought on 26 November 1943, between New Ireland and Buka. During the Pacific War the Japanese used the Cape to watch out for American bombers from Guadalcanal heading towards Rabaul. The concrete bunker they built is still there.
◆◆◆

そうなってくると、舞台設定からして疑問が生じてくる。
何から何まで疑問だらけである。
九十%事実って、一体何だ?


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第一号

再現南京戦@東中野修道著を読んでいます。
この本は日付、それに加わった人々、その人たちが書いた日記の一次資料などを基に、事実を丹念に重ねている本です。


沖縄戦でも自決命令があった、なかったと、いろいろ言われています。

推測、伝聞に自分の戦争観ーが加わればもうそれはフィクションですね。
by 第一号 (2007-08-19 21:07) 

井関 太郎

第一号さんも熱心でいらっしゃいますね。

実は…僕はいまテレビで大変なものを観てしまいました。

というのは…P64で、中本氏が魚とっている最中に一匹を喉に詰まらせて死ぬという場面があります。
僕はこれを読んで荒唐無稽だと思いました。
鵜じゃああるまいし…と。

しかし、いま放映中の「行列のできる法律相談所」で、和歌山に住む通称「鮎じい」という人物が、生きている鮎をそのまま頭からバリバリ食べるシーンがありました。

「頭から生きた魚を食べる人物は存在する。」この点は認めましょう。
by 井関 太郎 (2007-08-19 21:46) 

ASK

>全ての兵士が命を落とす結果に至ったとき、それを「玉砕」と呼ぶのであり。
>
玉砕(ぎょくさい)は、太平洋戦争において外地の日本軍守備隊が「全滅」した際に大本営発表で用いられた言葉です。
そして軍事用語における「全滅」とは必ずしも「全ての兵士が命を落とす結果に至る事」を指すわけでは御座いません。
たとえ全体の数割程度の損害でも部隊の組織的継戦能力を失えば「全滅」と判定されます。
またサイパン島や硫黄島など太平洋戦争における他地域の「玉砕」例でも、井関氏の言う「全ての兵士が命を落とす結果に至った」訳ではなく、少数の生存者が確認されています。

クラウゼヴィッツの「戦争論」の語句を持ち出して水木氏の作品を批判するのも結構ですが、軍事用語についてもう少し基礎的な学習をし正確な知識を学ばれて如何でしょうか?
(クラウゼヴィッツからの引用にしても、原文の顕かな誤解が見られますし)
by ASK (2008-09-10 19:17) 

井関 太郎

ASKさん、僕の古い記事を掘り起こしてくれてありがとう御座います。

ASKさん曰く
>軍事用語についてもう少し基礎的な学習をし正確な知識を学ばれて如何でしょうか?

基礎的な学習をお勧めいただきました。
その上、貴重な御指摘をいただきました。

1 クラウゼヴィッツからの引用にしても、原文の顕かな誤解が見られますし

2 たとえ全体の数割程度の損害でも部隊の組織的継戦能力を失えば「全滅」と判定されます。

これは2つとも、とても興味深いご指摘ですね。
せっかくご指摘いただいたので、その根拠をお示しいただけると幸いです。
典範令にでも書いてありましょうか?
by 井関 太郎 (2008-09-11 22:31) 

井関 太郎

せっかくASKさんが興味深いご指摘をして下さったのだけど…
当のご本人が根拠をお示しでないから…
僕としてはそのご指摘の是非を吟味できない。
まあ…連休だし…急かしても仕方がない。
気長に待つとしよう。
by 井関 太郎 (2008-09-14 21:20) 

名無し

「全滅 定義」でググってみてください。いっぱいでてきます。
一部を紹介すると、自衛隊の定義では

やる方(撃つ方)では、
制圧=敵の損耗10%
撃破=敵の損耗30%
撃滅=敵の損耗50%
です。
やられる方(撃たれる方)では、
攻撃:師団20%、連隊30%、中隊40%
防御:師団30%、連隊40%、中隊50%
の損耗で戦闘継続不可能。
一般的には30%やられると組織的戦闘不可能、50%で全滅、とされています。
実戦では損耗90%以上でも抵抗を続けた部隊もいるそうですが・・・


などと書かれてます。
実際、「全滅」といっても本当に最後の一兵まで戦う、なんて例はほとんどないのよ。
日本軍の場合は、本当にそこまで戦った例がけっこうあるけど。

で、「前線から決別電報が届いた」となれば誰もが「さては玉砕命令を出して総攻撃に出たんだ」と疑いもなく思ったんだよ。
戦後世代でも戦争の記憶が生々しかった頃の人まではそれぐらい常識だったんだけど、時代だなあ。

単にあなたの勉強が足りないだけだよ。特に、実際に戦争を実体験した人の証言よりも、本で読んだ知識が正しい、というのがなんだかなあ。
衛星写真にしたって21世紀までは民間人は見れなかったんだよ。
「バイエン」が記載されてる東部ニューギニアの地図なんか「総員玉砕せよ」執筆時点ですらろくに発刊されてなかったのに。
記憶や伝聞を頼りに書いた戦記物には思い違いが多々あるんだよ。
by 名無し (2010-09-15 09:06) 

井関 太郎

しばらく留守にしていましたら、コメントを頂いておりましたか。

いろいろと御教授いただいていますが…
その内容を吟味する前に意味を吟味していくと…
今回頂いたコメントと僕のオリジナルの記事と…
どう関係があるのでしょう?
by 井関 太郎 (2010-10-23 17:02) 

NO NAME

なんだただの右翼か
by NO NAME (2016-02-16 23:15) 

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